善生寺庭園

Zensho-ji Temple Garden, Yamaguchi

“西の京”山口の大大名・大内氏の重臣でザビエルとも親交あった内藤興盛の菩提寺に、水墨画家・雪舟等楊が作庭の室町時代の古庭園。山口県指定名勝。

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善生寺庭園について

「導衆山 善生寺」(ぜんしょうじ)は山口県山口市の中心部、JR上山口駅のすぐ近くに位置する浄土宗の寺院。水墨画家として知られる室町時代の禅僧・雪舟等楊の作庭と伝わる庭園が残ります。山口県指定文化財(名勝)。
2025年に久々に訪れたので改めて紹介。

“西の京”山口の中心駅・JR山口駅からは1.5kmほど東に位置する善生寺。このお寺のある周慶寺山〜天神山の西の麓には、西国の大大名・大内氏(大内弘世)によって南北朝時代に創建された『古熊神社』(本殿などが国指定重要文化財)や弘世の父・大内弘幸の墓所もあり、そして善生寺の北方(約1km程の場所)には『大内氏館跡』が位置する、まさにかつての“西の京”の一角に建つ寺院。

その歴史について。当初この場所には、大内氏の重臣・内藤興盛(かのフランシスコ・ザビエルと大内義隆の面会にも尽力した人物)の菩提寺『西方寺』がありました。その西方寺の創建は鎌倉時代の1261年(弘長元年)と先の古熊神社よりも古い歴史を持ちます。
戦国時代を経て、江戸時代に山口(長州)を治めることになったのが毛利氏。江戸時代初期に毛利輝元の側室・児玉氏がこのお寺に葬られたことをきっかけに『周慶寺』へと改称(なお2000年代に解体されるまで存在した本堂は、長州藩主・毛利宗広により寄進されたものだったそう)。そこから再び時を重ね、明治時代に周慶寺が廃寺になった後、現在の中心商店街あたりにあった『善生寺』が境内・建物を引き継ぐ形で現在地へと移転し、現在に至ります。

建物(本堂)の奥に、『西方寺』だった時代に雪舟等楊禅師の作庭と伝わる庭園が残ります(※江戸時代の史料『防長風土注進案』への記述のほか、発掘調査で15世紀の作庭と推定されています)。水墨画家として有名な雪舟は大内氏の庇護で周防国に滞在し、同じ市内に残る『常栄寺雪舟庭』は国指定文化財(名勝)となっていますが、この善生寺も文化財としてはそれに次ぐ格の山口県指定文化財(名勝)。

心字池を中心として、山の斜面を利用して石組の配された池泉鑑賞式庭園。その緩やかなお庭の構成は先述の『常栄寺雪舟庭』にもよく似ています。
現在は本堂が境内の西側にあり、そこから見下ろして周慶寺山を借景として眺めるのが主なビューポイントになりそうですが、かつては東側にある書院(※現在の建築は大正時代のもの)から西側を向いて眺めるのが主なビューポイントだったとか。この、コの形の位置関係や庭園の雰囲気は萩にある毛利家の菩提寺『大照院』にも似ている。

庭園は自由拝観(※玄関のチャイムで申し出るとより確実)。雪舟に大内氏や毛利氏と日本史好きなら絶対楽しい寺院庭園、常栄寺の前後にもぜひ立ち寄ってみて。

(2018年7月、2025年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山口線 上山口駅より徒歩6分
JR山口線 山口駅より徒歩20分(※駅前にレンタサイクル店あり)
山口市内の路線バス「日赤口」バス停より徒歩6分

〒753-0031 山口県山口市古熊3-7-1 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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