
戸越銀座商店街からも程近く。都民憩いの公園は、実は肥後熊本藩主・細川家や大名茶人・松平不昧ゆかりの"戸越屋敷"跡。江戸時代の面影を残す庭園も。
品川区立戸越公園(熊本藩戸越屋敷跡)について
「戸越公園」(とごしこうえん)は東京都品川区の戸越にある区立公園。江戸時代の初期には肥後熊本藩主・細川家の江戸下屋敷「戸越屋敷」があった場所で、公園内にはその当時の“大名庭園”の面影を感じさせる池泉回遊式の日本庭園が残ります。細川家のみならず、大名茶人として知られる松江藩・松平不昧や三井財閥・三井家の屋敷跡でもあるという由緒ある場所。
東京の観光名所の一つ「戸越銀座商店街」から南に徒歩5分ほど。住宅街に位置する戸越公園はいつ訪れても老若男女の憩いの場になっている都市公園ですが、実は大変立派な歴史を持つ“日本庭園”がその中心。
その歴史について。江戸時代初期の1662(寛文2年)まずこの地を拝領したのは肥後熊本藩の分家・熊本新田藩主の細川利重。その4年後の1666年に細川家本家の所有となり、そこから数寄屋造りの御殿や日本庭園からなる「戸越屋敷」が整備されました。なので、実はこの場所は文京区・目白台の『肥後細川庭園』よりも古い“細川家ゆかりの地”。
江戸時代後期に細川氏の手から離れると、松江藩主・松平不昧や石見浜田藩・松平周防守、伊予松山藩主・松平隠岐守と所有者が変遷。
さらに明治時代に入ると旧大名家(伯爵)のお屋敷が建てられ、1890年(明治23年)には三井財閥・三井家の所有地に。
そこから約30年後、1932年(昭和7年)に三井家はその敷地の一部を学校用地・公園用地として当時の荏原町に寄贈。1935年(昭和10年)に戸越公園は開園しました。現在も17,000平方メートルの敷地をほこる広い都市公園ですが、往時の大名屋敷〜三井家のお屋敷は南に隣接する都立高校や北側にある「文庫の森」まで広がっていました。
で、公園の中心部にある大きな池泉は、細川家の江戸下屋敷の庭園の遺構である池泉を利用したものだそう。池泉だけでなく、池泉の奥にある大きな築山と迫力のある滝、渓谷の景といった起伏や園路、そして「古さ」を感じさせる高木/大きな樹木が歴史的な庭園の面影を感じさせます(実は、池泉よりもその奥の方が本格的な作り…!)。
起伏のある公園の中で、池泉は下段部にありますが、往時の武家屋敷を感じさせる薬医門が高台部の公園の入り口にあります。こちらは時代考証や他の細川氏の江戸屋敷との役割の違いが調査されたうえで、平成4年(1992年)に新築されたもの。ちなみにこの戸越屋敷は鷹狩りやきじ狩り、茶会等を行う別荘風の邸宅であったとか。四季の花々も楽しめる戸越公園、都内だけど行ったことなかったな…という方はぜひ散歩で訪れてみて。
(2015年1月、2017年12月、2026年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
東急大井町線 戸越公園駅より徒歩7分
都営地下鉄浅草線 戸越駅より徒歩12分
JR大崎駅、大井町駅、西大井駅より徒歩20分ほど
〒142-0042 東京都品川区豊町2丁目1-30 MAP
投稿者プロフィール

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