
伊達政宗の重臣・片倉家が治めた城下町・白石に残る宮城県最古級の武家屋敷。白石城下を流れる清流“沢端川”を取り入れたお庭も。宮城県指定有形文化財。
片倉家中武家屋敷 旧小関家について
「片倉家中武家屋敷 旧小関家」(かたくらけちゅうぶけやしき きゅうこせきけ)は宮城県白石市の白石城下に残る武家屋敷。「旧小関家住宅附表門・路地塀」の指定名でその建築が宮城県指定有形文化財となっています。白石城下の清流「沢端川」を取り入れた庭園も。
仙台藩主・伊達政宗の重臣だった片倉景綱が江戸時代初めに『白石城』に入城して以来、江戸時代を通じて片倉家により治められた仙台藩の支藩・白石藩。城下町の玄関口、JR白石駅のすぐ近くにも『壽丸屋敷』という素敵な和風建築が残りますが、かつての武家屋敷街は駅から徒歩10〜15分程の場所にあります。
で、その武家屋敷街の雰囲気がめちゃくちゃ素敵で…。白石城の外堀でもある沢端川の水流がとにかくきれい。それもそのはず、この川は城下町の為の人工的な河川ではありますが、辿っていくと蔵王連峰などを源流とする白石川から取水されているもの。蔵王の雪解け水ならばそりゃきれいだ…。
白石城の北側に位置する、沢端川に面した町並み「後小路」は中級武士の武家屋敷街だったそうで、東側からは町並み越しに蔵王連峰の山並みの姿も…。すごく良い。そんな後小路で唯一一般公開されているのが「旧小関家」。施設名に「片倉家中」と付く通り、白石城主・片倉氏の家中(奥方用人)を務めたお家柄。
江戸時代中期にはこの場所に屋敷を構え、現在見られる茅葺屋根のこの建築は解体修理の際に1730年(享保15年)2月という墨書が発見された江戸時代中期の建築。宮城県内でも最古の部類の武家屋敷ということで、冒頭にも書いた通り建築(主屋・門・塀)が宮城県の文化財に指定されています。
お屋敷(主屋)を囲む形で、当時の面影が感じられる庭園も残ります…が、庭園の前にやはりその前面、ファサードが素晴らしい。沢端川がお屋敷のアールのついた角をぐいっと曲がる姿(京都の世界遺産『上賀茂神社』の社家町を思い起こす)、その頭上に降りかかる大きなモミジ、そして石垣の上にずらっと並ぶドウダンツツジ。その佇まいがまず素晴らしい。
主屋を囲むお庭は、北側は(距離は短いけれど)露地門をくぐって飛び石を歩いて、建物の「なかま」という正座敷に至る露地風のお庭。
建物の南側は景石は少なめで植栽が中心のシンプルなお庭ですが、建物から眺めると目線の先には『白石城』のある丘が正面に眺められます。木々の中には「伊達政宗公慈愛の白萩」(大悲願寺の白萩)も。
シンプルなお庭だけれど…そのすぐそば、敷地内を沢端川の清流がとくとくと流れ続け、「池泉鑑賞式庭園」的な楽しみ方ができるのがこの旧小関家のお庭の特長の一つで、この白石城下の武家屋敷群にとっての庭園カルチャーだったのだろうと感じる点。「白石うーめん」目的に訪れた方もぜひ武家屋敷まで足を伸ばしてみて。
(2026年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
JR東北本線 白石駅より徒歩17分
JR東北新幹線 白石蔵王駅より約2.5km/白石蔵王駅より路線バス「白石高校前」バス停下車 徒歩10分
〒989-0252 宮城県白石市西益岡町6-52 MAP
投稿者プロフィール

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