大徳寺 真珠庵庭園

Daitokuji Shinjuan Temple Garden, Kyoto

一休さんゆかりの寺院に"茶道の祖"村田珠光が作庭の国指定文化財庭園"七五三の庭"と、武将茶人・金森宗和好みの重文茶室"庭玉軒"。【通常非公開】

庭園フォトギャラリーGarden Photo Gallery

大徳寺 真珠庵庭園について

【通常非公開/イベント等で特別公開あり】
「真珠庵」(しんじゅあん)は京都市北区にある京都を代表する禅寺の一つ・臨済宗大徳寺派の本山『大徳寺』の塔頭寺院の一つ。「一休さん」で有名な一休宗純和尚を開祖として室町時代に開かれた寺院で、国宝「大燈国師墨蹟」を筆頭に多くの国指定重要文化財を有します。建築は方丈と書院「通僊院」が重要文化財、その庭園が国指定文化財(国指定名勝)となっています。

通常非公開で、イベント(美術展)でときおり公開の機会がありますが、2026年9月〜10月は国内外で活躍する左官職人/アーティスト・挾土秀平さんの個展『もう一つの幽玄』が開催され特別公開されています(要予約/限定日のみ)。詳しい日程・予約はイベント公式サイトをご覧ください。今回の展覧会は撮影可能ということで、庭園や境内の様子を紹介。

なお現代の建築やアートスポット等で作品を鑑賞する機会のある挾土秀平さんですが、氏の拠点・飛騨地方にある国指定文化財庭園『江馬氏館跡庭園(史跡 江馬氏館跡公園)』の復元にも関わっておられます。この真珠庵も飛騨高山ゆかりの大名茶人で茶道宗和流の祖・金森宗和による重文の茶室『庭玉軒』とその露地の残る寺院(※茶室は今回の展示では非公開)。
今回の展示は、真珠庵を菩提寺とする観阿弥・世阿弥から着想された“幽玄”“お能”がテーマですが、400年の時を超え、飛騨のアーティストがこの禅寺で競演…なんてストーリーも実はある。

真珠庵の歴史について。室町時代の永享年間(1429〜1441年)に一休禅師を開山として創建。当初の伽藍は応仁の乱で焼失してしまいますが、1491年(延徳3年)に堺の豪商・尾和宗臨と墨斎和尚により再興。重要文化財の方丈(本堂)は江戸時代初期の建築、その裏手にある書院「通僊院」(通仙院)は更に古く室町時代の建築で、正親町天皇・皇后の化粧殿を移築したものと言われます。今回の展示はこれら重文の建築が舞台で、方丈に残された長谷川等伯曾我蛇足(曾我派の初代)らによる障壁画/襖絵との競演も重要なポイント。

庭園について。方丈の前にも枯山水庭園が広がりますが(方丈南庭)、国指定名勝となっているのは方丈の東側(奥側)にある方丈東庭「七五三の庭」と、先述の「通僊院」〜茶室「庭玉軒」にある茶庭(露地)。
「七五三の庭」を作庭したと伝わるのは、一休禅師とも関係性の深かった茶人・村田珠光。“茶道の祖”とも称される村田珠光は一休さんの終の棲家『一休寺虎丘庵』(通常非公開)にも庭園を残します。

「七五三の庭」その名の通り、自然石を7・5・3の数で配した枯山水庭園。シンプルなお庭ですが、隣接する『大仙院庭園』とは全く異なるデザインであり、むしろ同じく室町時代を代表する枯山水庭園『龍安寺石庭』や同じ大徳寺の『龍源院庭園』に通ずる所が。

そして「通僊院」〜茶室「庭玉軒」にある茶庭の方は、茶室の作者と同じく茶道宗和流の祖・金森宗和の作庭と伝わります。となると、方丈と通僊院の間にある、細長い方丈の北庭も宗和好みのお庭になるでしょうか。隣接する大仙院は京都の室町時代の古庭園には珍しい“青石”を目立つポイントに使われているお庭ですが、この真珠庵の方丈北庭にも青石の一枚岩が踏分石として使われているのも気になるポイント(あと寺門から庫裡にいたる前庭の飛び石も良い…)。
これまで訪れたことがある!という方も、今回の特別展はまた新しい楽しさがあるはず…。10月初旬の開催期間までにぜひ訪れてみて。

(2018年9月、2026年9月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

京都市営地下鉄烏丸線 北大路駅より徒歩約20分
最寄りバス停は「大徳寺前」バス停下車 徒歩6分

〒603-8231 京都府京都市北区紫野大徳寺町52 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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