一休寺虎丘庵庭園Ikkyuji Temple Kokyuan Garden, Kyotanabe, Kyoto

“一休さん”こと一休宗純禅師の終の棲家に“茶祖”村田珠光が作庭した庭園。国指定名勝。初春の観梅期に特別公開。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

一休寺虎丘庵庭園について

【通常非公開・初春に特別拝観】
「一休寺」(いっきゅうでら)の通称で知られる「酬恩庵」(しゅうおんあん)は室町時代に“一休さん”こと一休宗純和尚が再興し、晩年を過ごした寺院。通常の拝観では室町時代~江戸時代建立で国指定重要文化財の本堂・方丈と、寛永文化を支えた石川丈山松花堂昭乗らにより作庭された国指定名勝の庭園が拝観できます。

>> 方丈庭園の紹介はこちら

鎌倉時代に臨済宗の高僧・大応国師(南浦紹明)が創建した『妙勝寺』を前身とし、兵火で荒廃したお寺を一休禅師が再興し「酬恩庵」と名付けたのが室町時代中期の1455~1456年。一休さんは京都『大徳寺』の住職となった後も拠点は酬恩庵に置き、1481年(文明13年)11月にこの地で最期を迎えました。

そんな一休さんの生活の空間であり終の棲家としたのが“虎丘庵”(こきゅうあん)。方丈庭園の上部に見える檜皮葺の建物がそれ。通常非公開ですが例年観梅期(2月頃)に特別拝観があります。2021年に初めて拝観。

元は京都・東山の麓での住処だったこの庵。1467年(応仁元年)一休さん74歳の時に応仁の乱から逃れるために当地に移築。現在も掲げられている“虎丘”の扁額は一休さんの筆によるもので、その名は宋の禅僧・虎丘紹隆が由来。
江戸時代に一部修復されたものの、『銀閣寺』の国宝“東求堂”内の『同仁斎』に現存する最古の付書院と同じ造りの、貴重な室町時代の初期の書院造り建築(同仁斎をまだ生では見たことがないけど、出文机のデザインが確かに同じ感じ)。現在は京都府指定有形文化財となっています。

庵を囲む庭園の作庭は“茶道の祖”村田珠光によるもの。
後に武野紹鴎千利休と伝わる“茶の湯”。その祖と言われる村田珠光も一休さんを慕いこの虎丘に出入りしていた一人で、眠気覚ましとして一休さんから出され作法を教えたのがそのはじまりと言われます。『喫茶去』(きっさこ)という言葉もこの時一休さんから珠光へと伝えられました。

その庭園は飛び石が配された南庭よりも、(南東部からはじまる)東庭・北庭の方に他の村田珠光の庭園(一休さんが住職をつとめた京都・大徳寺の『真珠庵庭園』)との共通点が感じられる。苔むした細長い直線的な区画に、小さな石での七五三の配石。

ちなみに、庭園の築地塀の向こうにあるのが一休さんの墓所“純宗王廟”。一休さんは後小松天皇の皇子(落胤)だったと推定されていることからこの墓所は宮内庁の所有・管理で、一休寺から宮内庁に所管が移った近代?にこの築地塀は新たに建立されたのだそう。
外から様子をうかがえるこちらの庭園も村田珠光の作庭による枯山水庭園で、元は虎丘庵の庭園と一体だった…?と思うとまた違った作風を感じ取れる。(白砂・立石・刈込の組合せは方丈庭園に近いな、とは思う)

この日床の間に掲げられていた“梅渓”の書。元は京都『大徳寺』を開いた大燈国師によるもので、一休寺に伝来⇒江戸時代に一休寺再興を資金面で支援した加賀藩主・前田家⇒東急グループ創業者・五島慶太の手へと渡り、現在は東京『五島美術館』に所蔵されています(国指定重要文化財)。

その話を聞いて思ったのが――奥能登にある『南惣美術館』の「なんでこんな場所にこんな京の美術品が(←加賀藩重臣から当地の豪農の手へと渡った)」と思った記憶について、江戸時代に京の美術品⇒比較的裕福だった加賀藩⇒版籍奉還後の一般へ譲渡という流れは確かにあったんだなぁ~と思った。

一休さんが暮らした頃の虎丘庵には村田珠光の他にも、能楽観世流の三代目・音阿弥や金春流の中興の祖・金春禅竹、そして今川家の家臣で連歌師として名を馳せた柴屋軒宗長といった文化人が出入りする“文化サロン”のような役割を果たしていました。
現代の一休寺も新しい時代の文化に携わるクリエイターを“御用達”として紹介されている(⇒こちら)のも素晴らしい、ということも最後に記したい。

(2021年2月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR学研都市線 京田辺駅より徒歩15分強
近鉄京都線 新田辺駅より徒歩20分強
新田辺駅・石清水八幡宮駅より路線バス「一休寺道」バス停下車 徒歩8分

〒610-0341 京都府京田辺市薪里ノ内102 MAP

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