三溪園

Sankeien Garden, Yokohama, Kanagawa

“近代三大茶人”原三溪が京都や江戸、鎌倉から名建築を移築し築いたワンダーランド。国指定文化財(名勝)庭園に点在する10棟の和風建築/茶室が国指定重要文化財。

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三溪園について

「三渓園」(さんけいえん)は神奈川県横浜市にある国指定文化財(国指定名勝)の庭園。“近代三大茶人”の一人に挙げられる明治時代の実業家・原三渓(原富太郎)が造営した旧自邸&庭園で、東京ドーム4個分の広さをほこる園内には国指定重要文化財10棟を含む和風建築が多く点在します。
2024年春に久々に訪れたので改めて紹介。

横浜市の臨海部、本牧エリアに位置する三渓園は敷地面積約18万平方メートルと、江戸時代の大名庭園並、いやまたはそれ以上の規模の広大な庭園!

その歴史について。施主の原富太郎は主に製糸業とその貿易で財を成した実業家で、世界遺産『富岡製糸場』も一時期は氏の興した原合名会社により経営されました。また現在の横浜銀行の頭取もつとめ、近代の横浜の発展に貢献。
実業家として活躍する傍ら、“三溪”の号を名乗り茶人/文化人としても幅広く活動。益田鈍翁松永耳庵(松永安左エ門)と共に“近代三大茶人”と称され、古美術品もコレクションしたほか、同時代の近代日本画家のパトロンでもありました。この三渓園に移築されている古建築群も、三渓にとっては“コレクション”――

三渓園の造営が始まったのは1900年代初頭(明治30年代)ですが、それに先駆けて元々本牧のこの地を入手したのは三溪の義祖父・原善三郎。氏も埼玉県に『原邸別荘 天神山庭園』という庭園を残しています。

庭園の序盤にある茅葺屋根の『鶴翔閣』の造営(1902年)を皮切りに、そこから大正時代までの約20年間に渡り次々と日本各地から由緒ある和風建築/茶室を移築、それとともに庭園も造園。
1923年の関東大震災以降はペースが鈍り、更に1945年の太平洋戦争でも空襲の被害を受けますが、戦後にも1960年には茅葺屋根の古民家『矢箆原家住宅』、1987年には『旧燈明寺本堂』と2棟の国指定重要文化財の建造物を移築しています。園内にある国指定重要文化財10棟というのは京都の世界遺産寺院に匹敵する、いやそれ以上…?(更に別途3棟が横浜市指定有形文化財となっています)

またこの三溪園が画期的だった点は、あくまで「公園」ではなく「原三溪の本邸&庭園」として造営されたものながら、造営が始まった序盤の1906年(明治39年)には庭園の一般公開が始まっていたこと。現在も横浜市による公営ではなく「財団法人三溪園保勝会」により保存・運営されています。

繰り返しになってしまうけれど、本当に広大な庭園で、庭園のエリアもざっくり分けて「内苑」(=かつて原家の私空間だったエリア)と「外苑」と分けられます…が、「外苑」で言っても幾つかのエリアがあるので、写真の順番に沿って紹介。

■外苑① アプローチ(2~6枚目)
入園すると「大池」が広がるアプローチから。大池の先に見える三重塔(『旧燈明寺三重塔』)も国重要文化財で、京都から移築された室町時代の建築。池の対岸には春には桜が咲き誇り、池のほとりでは晩春には藤棚~カキツバタや初夏にはショウブ~夏には睡蓮などの花が見頃を迎えます。

アプローチの右手側にある茅葺屋根の大きな建物が、三溪園造営の始まりとなった原家のかつての本邸『鶴翔閣』

■内苑(7~25枚目)
『三溪記念館』脇の「御門」から、かつて原家の私空間だった「内苑」へ。なお記念館も昭和時代を代表する建築家のひとり・大江宏の設計!
山裾の斜面に築かれた庭園の中にも、各地から移築された国重要文化財の建築が点在。まず池泉にせり出した『臨春閣』紀州徳川家の別邸として江戸時代初期に建てられたもの(和歌山から移築)。

やはり重文の寺院建築『旧天瑞寺寿塔覆堂』の脇の橋を渡り、斜面の途中に現れる望楼のある建築が『聴秋閣』。江戸幕府3代将軍・徳川家光の命で京都の世界遺産『二条城』内に当初建築されたもので、後に江戸に移築、4回目の移築でこの三溪園に移りました。目の前を流れる小川や周囲のもみじとの組み合わせが◎。

斜面を更に登った先には3棟の和風建築。鎌倉から移築された江戸時代初期の寺院建築『天授院』(茅葺屋根の方)と、京都『三室戸寺』の塔頭から移築された桃山時代の寺院建築『月華殿』(こけら葺きの方)。特に月華殿は空中にせり出すように配され、その先には三重塔の姿ものぞめます。隣接する茶室『金毛窟』は非文化財ですが、こちらも大正時代の素敵な茶室。

■茶室『春草廬』&『蓮華院』(26~30枚目)
この2棟も内苑にあります。春草廬は織田信長の弟で桃山時代~江戸時代に茶人として活躍した織田有楽斎の作と言われるお茶室で、国指定重要文化財。月華殿とともに京都『三室戸寺』の塔頭から移築されました。その前におもむろに置かれた伝・東大寺の礎石にも注目…!ちなみに、『東京国立博物館』の庭園には同じ名前のお茶室があり、そちらは元は“近代三大茶人”のひとり・松永耳庵の所有でした。

そこから更に下った所にある茶室が『蓮華院』。こちらは非・文化財ですが、原三溪が自らの構想で大正時代に新築されたお茶室で、露地もとてもカッコいい。(移築した建築は京都のものが多いけれど、このお茶室だけ、近代の茶人がリスペクトした大名茶人・松平不昧の“出雲流”を感じます)

■外苑②=南東部(32~36枚目)
三溪園のランドマーク『旧燈明寺三重塔』は小高い丘の上に立ち、更にその先へと進むと海の眺められる展望台&当初原善三郎の建立した『松風閣』の跡地があります。

三重塔から南東部の低地部にも幾つかの国重要文化財が。三重塔と同じ寺院(京都)から移築された『旧燈明寺本堂』、鎌倉から移築された『旧東慶寺仏殿』、飛騨高山から移築された合掌造りの古民家『旧矢箆原家住宅』。更に非・文化財の茶室『林洞庵』『横笛庵』があります。

これだけ広大な庭園なので。勿論、四季ごとに見頃の植物もあり、各所に来園者が利用できる休憩所やお茶屋があります。東京の大名庭園とはまた異なる、近代の茶人のこだわりと文化がぎゅぎゅっと詰まったワンダーランド!ぜひ訪れてみて。

(2010年4月、2016年10月、2024年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR根岸線 根岸駅より路線バス「三溪園南門入口」バス停下車 徒歩1分/「三の谷」バス停 徒歩8分(※三の谷へは関内駅、石川町駅方面からも路線バスあり)

〒231-0824 神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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