
“島原藩主深溝松平家墓所”が国指定史跡(文化財)。譜代大名・深溝松平家の菩提寺は1万の紫陽花や5000の椿が植栽された“三河のあじさい寺”。
「三河のあじさい寺」本光寺について
「瑞雲山 本光寺」(ほんこうじ)は愛知県幸田町にある曹洞宗の禅寺。“三河のあじさい寺”として地域のアジサイの名所・椿の名所として親しまれているほか、後に島原藩主をつとめた深溝松平家の菩提寺で、境内にある「島原藩主深溝松平家墓所」は国指定史跡(文化財)となっています。
気になっていた“三河のあじさい寺”。2026年5月に初めて訪れました(5月24日、暑い今年でも紫陽花にはまだ早かった…けれど、少し咲き始め)。あじさいのイメージで訪れましたが、文化財はもちろんのこと、格式を感じる非常にかっこいい寺院だった…!
幸田町…と言っても愛知県の方以外には伝わりづらいかもしれませんが、徳川家康を生んだ「岡崎」の隣町。この本光寺を菩提寺とする深溝松平家も代々松平氏の本家(後の徳川氏)に仕え、関ヶ原の戦い以降は各地(三河・深溝藩→吉田藩→刈谷藩→丹波・福知山藩→肥前・島原藩)の藩主をつとめる大名となりました。
本光寺の歴史も深溝松平家とともにあり、室町時代の1523年(大永3年)深溝松平家の初代・松平忠定によって祈願寺として創建。江戸時代に島原藩主となった後は島原にも本光寺が建立されますが三河のこの寺院も残され、代々の藩主が亡くなると発祥のこの地に船で運ばれ、このお寺に葬られました。(=国指定史跡「島原藩主深溝松平家墓所」)。
この墓所のほか狩野派絵師が歴代藩主を描いた「松平家忠・忠利・忠一像」「京洛諸国名所図」、室町時代作の「春日曼荼羅図」、梵鐘が幸田町指定文化財。また「肖影堂」が江戸時代から残る建築。ご本尊・釈迦如来の脇侍・地蔵菩薩と千手観音菩薩は運慶の作とも伝わるそう。
そんな歴史を持つ寺院ですが、今日では「あじさい寺」として人気。山門までの参道も一面のあじさい、山門をくぐって本堂の前にもあじさい園(&梅園)があります。そのあじさいの数は約10,000本!(その足元の苔むした姿も美しい。)
でもアジサイだけじゃない。本堂の裏山は「椿園」になっていて、その数も200〜400種類、約5,000本の椿が植わっていて3月頃にはカラフルな花を咲かせるそう。本堂前には寺院庭園らしい池泉鑑賞式庭園もありますが、主役は季節の花々の“花の寺”。
最後にもう一度、国指定史跡「島原藩主深溝松平家墓所」を中心に境内のことを。現在は花の主役のこのお寺ですが、地味に参道の石畳や松平家墓所の石垣がめちゃくちゃかっこいい…(石垣も江戸時代の作だと思うのですが、阿波の青石の様な石質)。肖影堂の並びの「西廟所」と境内の高台部にある「東廟所」でそれぞれ石垣のスタイルは異なるのですが、いずれも当時の石工さんの技術が光る城郭の様な石垣。
更に気になるのは、「全国的に見て珍しい」という神殿型の藩主墓所である東廟所の足元。薄い小石(小判石)がうろこのように敷き詰められている。即座に連想したのが、昭和を代表する作庭家・重森三玲が「織田信長の作庭した庭園」を再現した『真如院庭園』。多少歴史ある庭園では真如院でしか見ない、きれいなうろこ状のデザイン。尾張と三河では違うと言えば違うけど、ここも彼はインプットしていそうだなぁ…(なおこの小判石は岡崎の乙川で採取されたと推察され、家臣や領民がお殿様をお参りしている姿を表しているとか)
お花好きはもちろん、歴史的庭園が好きな方にもぜひ訪れて欲しいお寺!ちなみに島原の城下町にも素敵な庭園や国指定史跡がありますので合わせてどうぞ。⇨島原市の庭園一覧
(2026年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
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