
かつて関西を代表する財閥と言われた豪商・鴻池家。今日ではアーティストと美術商が集う、大阪・淀屋橋の本邸跡に残る茶庭と茶室。【通常非公開】
大阪美術倶楽部 茶庭について
【通常非公開/イベントやお茶会で利用可】
「大阪美術倶楽部」(おおさかびじゅつくらぶ)は明治時代に設立され、今日まで約110年以上の歴史を持つ美術商による組織・団体。大阪の中心部・淀屋橋〜北浜エリアにある本社屋は、関西を代表する財閥「鴻池財閥」を築いた豪商・鴻池家の本邸跡に位置し、鴻池家本邸のお庭をルーツとする茶庭と茶室があります。
茶室・庭園は通常非公開ですが、展覧会/イベントなどの際にお茶会が開催され一般の方が利用できる機会も。2026年の7月に開催された「大美現代作家新作展」の「涼月茶会」で初めて鑑賞機会があったので紹介。(本格的なお茶会としては、例年「若美津茶会」が開催されています)
その歴史について。1910年(明治43年)に設立された大阪美術倶楽部(大美)。先に紹介した『東京美術倶楽部』の3年後のこと。当初は大阪市内の別の場所(淡路町)に本社屋を構えていましたが、昭和時代の戦中に空襲で被災。戦後の1947年(昭和22年)に、設立当初から美術倶楽部にも縁が深かった鴻池男爵家の本邸を譲り受ける形で購入し現在地に移転。
現在の建築は、今橋通に面する本館が1980年(昭和55年)の竣工、その奥にある新館が2007年(平成19年)の竣工。その新館の建設にあたって、鴻池家の本邸だった古建築は解体されてしまいましたが、後述の庭園が往時の面影を伝えます。
鴻池家について。江戸時代から酒造業・両替商などを営む豪商として大坂で名を馳せ、近代には“鴻池財閥”と呼ばれる企業グループを率いました。先述通り、淀屋橋のこの地にあった本邸は現存していませんが、東大阪市にある国指定重要文化財『鴻池新田会所』は江戸時代の建築や庭園が現存しています。
新館の1階部分には「末広の間」「天平の間」「雪月花の間」「扇鴻の間」と幾つもの和室があり、中でも最も広い「扇鴻の間」は旧鴻池邸の広間を忠実に復元したという大広間。欄間や地袋の扇の意匠がめちゃくちゃかっこいい、特に地袋の方は陶板が埋め込まれている…!しかもこちら、京都の焼物のお家元「永楽」の作。
その扇鴻の間に面する形で旧鴻池邸の面影を今日に伝えるお庭があります。建替に際してオリジナルの庭園は解体され、現在の姿は「復元」なので新しさを感じる部分もありますが、庭石の雰囲気は近代のお庭の特徴が(京都の“加茂の七石”など。中には大塩平八郎の乱で焼けた跡の残るつくばいも)。大阪のど真ん中とは思えない、まさに「市中の山居」を感じさせる露地…たたきの中にも扇の陶板というこだわり。その視線の先にはかつての茶室を再現したという小間「松筠亭」(しょうきんてい)があります。
こちらのお茶室・広間は、武者小路千家の茶人・木津宗詮の四代目・木津花笑斎の元で茶室を多く手掛けた数寄屋大工・田尻亥之助/田尻工務店による施工。木津宗詮は近代〜昭和時代に掛けて関西を中心に茶室や庭園を手がけたお茶人さん…この大阪美術倶楽部も木津花笑斎さんが監修はされたりしているのかな。
大阪中心部にひっそりと残る茶庭。お茶会など一般公開の機会があれば、ぜひ訪れてみて。
(2026年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
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- Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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