泗翠庵Shisuitei Tearoom Garden, Yokkaichi, Mie

四日市中心部の都市公園内にある数寄屋建築の巨匠・中村昌生が設計した茶室と庭園。市指定史跡“浜田城跡”や鵜森神社も。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

泗翠庵について

四日市市茶室「泗翠庵」(よっかいちしちゃしつ・しすいあん)は四日市市の中心部・近鉄四日市駅からも程近くにある都市公園“鵜の森公園”内に1994年(平成6年)に完成した茶室。その設計は茶室/数寄屋建築の巨匠・中村昌生で、その建築を囲んだ枯山水庭園と露地があります。

2021年7月に初めて訪れました。近鉄四日市には(庭園とか関係なく)これまでも何度も訪れていたけど、この場所を知って行きたいなーと思い始めたのは多分2019年に京都『松花堂庭園・美術館』《茶室のアイデア~中村昌生と「庭屋一如」》展を見たのがきっかけ。

そこから新型コロナの影響で立礼席がずっと休止になってて、なかなか訪れられなかったんだけどようやく。尚、今回見学させていただいた主室・茶室・庭園は普段は市民向けの貸室になっており、利用予約がある際は見学できないので、見学希望の方は事前に電話確認推奨。

まず“鵜の森公園”について。現在も園内にある『鵜森神社』の境内地を1927年(昭和2年)に四日市市が買収し公園としたもの。
その歴史を室町時代~戦国時代まで遡ると、この地には1470年(文明2年)に田原美作守忠秀により築城された『浜田城』がありました(四日市市指定史跡)。“四日市”の地名はこの田原家が治めた時代に生まれたもの。

その4代後、田原遠江守元綱が城主の時代の1575年(天正3年)に織田信長の家臣・滝川一益に攻められ落城。田原元綱の子・田原重綱織田信雄に仕えるも、小牧・長久手の戦いで信雄と争った羽柴秀吉軍に討たれ田原家は滅亡。
『鵜森神社』はそれを惜しんだ田原家の旧家臣によって桃山時代~江戸時代初期に創建、田原家四代を祀っています。現在の社殿は平成2年に再建されたものですが、社宝として国指定重要文化財の“十六間四方白星兜鉢”を所蔵。

平成年代の序盤に建立されたという意味では「泗翠庵」も同時期。泗翠庵はお茶をいただける立礼席と、貸室となっている主室・茶室から構成されます。
表千家・不審庵の“残月の間”の写しのような主室の欄間の意匠や、庭園の芝生の築山は鈴鹿山脈の風景を表現したもの。

泗翠庵の施工には地元の工務店さんに加え、京都『大徳寺 黄梅院』の茶室“一枝庵”“向春庵”や『京都迎賓館』“桐の間”を手掛けられている京都・岩倉の山本興業さんも参画されております。庭園も京都のチームが関わっておられるのかなー…(そこまではわからず)。

立礼席でいただけるお抹茶は四日市産なんだとか。そうそうあんまりイメージ無いけど、四日市はお茶が盛んなんだそうで――その話を聞いたのは『伝七邸』なんだけど、伝七邸に陶器が数多く展示されていて、その背景は“お茶が盛んだったから窯も数多くあった”ということだそうで。
なんで四日市に古田織部の名を冠した美術館があるんだろうと思っていたけど(ORIBE美術館)、それもそんな背景があったから。他にも関連スポットを調べてみよう!

(2021年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

近鉄四日市駅より徒歩5分
JR関西本線 四日市駅より徒歩20分(駅にレンタサイクルあり)

〒510-0074 三重県四日市市鵜の森1丁目13-17 MAP