仙巌園Sengan-en, Kagoshima

桜島を眼前にのぞむ、江戸時代初期に作庭された薩摩藩主・島津家の壮大な大名庭園。世界遺産の反射炉跡も。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

仙巌園について

「仙巌園」(せんがんえん)は江戸時代初期の1658年に島津家19代・島津光久によって築かれた島津家の別邸。眼前に桜島をのぞむ大名庭園は国指定名勝で、園内にある『旧集成館反射炉跡』や隣接する『尚古集成館』一帯は「明治日本の産業革命遺産」に登録されています。

約1万5千坪という広大な敷地をほこり、桜島を築山、錦江湾を池に見立てた壮大な大名庭園の中には光久の時代に建てられた御殿、28代斉彬勝海舟が会談した“望嶽楼”、そして江戸時代中期に21代吉貴の時代に作庭された“曲水の庭”、藩主ゆかりの眺望が楽しめる登山コース、更にはレストランやカフェに2019年秋には『鹿児島 世界文化遺産オリエンテーションセンター』も新たに開館しました。

その歴史について。1658年の作庭の後も幕末の斉彬の時代に至るまで様々な改修を経ました。
江戸時代中期、吉貴〜22代継豊の時代には園内奥にある“曲水の庭”や“江南竹林”が完成、そして7km程離れた場所にある“関吉の疎水溝”(これも世界文化遺産)からの疎水「吉野疎水」が引かれたのもこの頃。

そして幕末、斉彬は仙巌園の広大な敷地や動力にも活用可能だった水路を活かし、欧米列強を意識し近代化事業として工場群を建設。
斉彬や29代忠義の幕末〜明治維新の時代には島津家の迎賓館としても用いられ、篤姫西郷隆盛ロシア皇帝ニコライ2世イギリス国王エドワード8世が皇太子時代に訪れたこともあったそう。

廃藩置県・版籍奉還後には鹿児島城を退去した島津家の本邸となり、戦後の一時期は鹿児島市の管理所有となったものの、現在は島津家の手に戻り管理・運営されています。
ちなみに島津家が公爵として東京に移住した際に造営されたのが近年国の重要文化財となったジョサイア・コンドル設計の洋館『旧島津公爵邸』です。

※国指定名勝としての名称は「仙巌園 附 花倉御仮屋庭園」。花倉御仮屋は1847年頃に斉興が仙巌園の東数百メートルの地に造営した建造物だったそうですがその後消失、現存していません。

(2010年2月、2017年12月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

(※冒頭および見出し写真 提供:名勝 仙巌園)

アクセス・住所 / Locations

JR鹿児島本線 鹿児島駅より約2.5km、鹿児島中央駅より約5.5km(市内にレンタサイクルあり)
鹿児島中央駅より「仙巌園前」バス停下車すぐ

〒892-0871 鹿児島県鹿児島市吉野町9700-1 MAP

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