長楽寺庭園

Choraku-ji Temple Garden, Kyoto

京都・東山の中腹に佇む平家物語/平徳子(建礼門院)ゆかりの古刹。室町時代の美術家・相阿弥が国宝“銀閣寺”の庭園のプロトタイプとして作庭と伝わる庭園。

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長楽寺庭園について

「黄台山 長楽寺」(ちょうらくじ)は京都市東山区の都市公園/国指定名勝『円山公園』の奥、東山の中腹に位置する時宗の寺院。平安時代初期に天台宗開祖・最澄により開かれたと伝わる古刹で、京都市指定文化財の本堂、国指定重要文化財の「木造時宗祖師像」を所蔵するほか、室町時代の美術家/作庭家・相阿弥による作庭と伝わる庭園が残ります。
2026年に久々に拝観したのでその写真を紹介。

その歴史について。平安京を開いた桓武天皇の勅命により、最澄が開基となり805年(延暦24年)に比叡山延暦寺の別院として創建。当初は天台宗でしたが、南北朝時代に中興された際に(京都の中では数少ない?)時宗の寺院へ改められ今日に至ります。平安時代には『平家物語』にも登場。「壇ノ浦の戦い」で入水した安徳天皇の母親・平徳子(建礼門院)がこの長楽寺で出家したと言われ、境内には建礼門院にまつわる石塔や収蔵品も残ります。

江戸時代のこのお寺ゆかりの人物が、江戸時代後期を代表する儒学者・頼山陽。出身地の広島/安芸国のみならず、九州の『耶馬渓』や京都の『山紫水明処』など日本の景勝地の評価にも大きな影響を残す頼山陽、そんな氏や子孫の墓所がこの長楽寺に残ります。他にも江戸時代~近代に掛けて活躍したアーティスト(文人・藤井竹外、画家・鈴木松年)の墓所も。

そんな名寺も、明治時代に入ると神仏分離令や上知令によって境内を縮小(現在隣接する円山公園や大谷祖廟もかつては長楽寺の寺地だったとか)。東山中腹に佇む本堂も1890年(明治23年)に別の寺から移築されたもの…なのですが、それが洛北の名寺『正伝寺』からの移築。元の建築年代は1666年(寛文6年)と、江戸時代に大火で何度も建物を失った京都の中では貴重な江戸時代初期の寺院建築で、京都市指定有形文化財となっています。本堂から振り返ると、東山の中腹からの京都市街地の眺めも絶景…!

庭園について。書院から眺められる池泉鑑賞式庭園は各種建築よりも古く、室町時代に相阿弥による作庭と伝わります。雪舟らと並び室町時代の京都を代表する芸術家として名の残る相阿弥、この庭園は室町幕府8代将軍・足利義政によって『東山殿』(現・銀閣寺)の庭園の造園を命を受けた際に試験的に造られたもの、とも言われます。

その庭園の特徴を挙げるならば、池泉の奥に見える滝と石積み(これが近年の建築の修復でよく見渡せるように!)。東山の自然石による小刻みな石積みは他の相阿弥作庭と伝わる『月心寺』の庭園とも似ているし、同時代の雪舟の庭園の滝石組とは異なるスタイル。ちなみにこの滝や池泉の水源は山からの自然の湧水で、境内の上段部にある「平安の滝」から更に流れ落ちてきているもの。(平安の滝の石組も相阿弥スタイル?)

またこの令和の年代に書院が新築され、茶室も修復。書院はかつての「古寺」…って雰囲気からはガラッと変わりましたが、そのぶん冷暖房完備で暑い日にも涼みながらお庭を眺めることができます。
観光客の多い京都中心部~東山エリアの中でも、比較的静かで、自然の音が楽しめる庭園――。まだ足を運んだことなかったな、という方はぜひ拝観に訪れてみて。

(2018年11月、2026年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

京阪電車 祇園四条駅より徒歩約15分
阪急京都線 河原町駅・京都市営地下鉄東西線 東山駅より徒歩約20分
最寄りバス停は「祇園・八坂神社」バス停 徒歩10分

〒605-0071 京都府京都市東山区八坂鳥居前東入ル円山町626 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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