旧松本家住宅(日本館)Former Matsumoto Family Residence (Nihonkan), Kitakyushu, Fukuoka

近代日本の代表的建築家・辰野金吾の洋館と共に残る、数寄屋風書院造りの炭鉱王の邸宅。国指定重要文化財。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

旧松本家住宅(日本館)について

【ブライダル及びランチ・ディナーの利用のみ】
「旧松本家住宅」(きゅうまつもとけじゅうたく)は“筑豊御三家”安川財閥の創始者・安川敬一郎の息子であり自らも実業家/貴族院議員として活躍した松本健次郎の自邸。洋館と日本館の2棟が国指定重要文化財で、その洋館は近代日本を代表する建築家・辰野金吾が設計を手掛けています。
現在は「西日本工業倶楽部」の施設として主に結婚式場や迎賓館として運営されています。

>> 辰野金吾が手掛けた洋館とその庭園はこちら。

年に一回(一日)程度、北九州市の企画で特別公開が行われる旧松本家住宅(※2020年度は特別公開中止)。「いつか、北九州行くタイミングと特別公開日が重ならないかな…」と数年前から思っていたのですが、12月に5年ぶりに北九州市に訪れる前段階で、「(施設の主な事業になっている)ブライダル以外で、見られるチャンスはないでしょうか」と問い合わせてみた。

そしたら、「実は、完全事前予約制のランチ/ディナーがあります」とご返答いただきまして…それだ!!!!!!
ランチは5,000円~、ディナーは7,000円~。予約は3日前まで。詳しくはこちら。そして希望すれば、館内見学も可能(解説もしていただけます)。平日など他のお客様が少ない日ならばこの近代建築での時間を独り占め……大人の建築ファンには、倍率も高く数多くの人が訪れる特別公開よりもこのランチ・ディナーを全力で推します。金額以上の体験。

現在は「安川電機」で知られる安川財閥。明治時代に炭鉱経営で財を成すだけでなく、世界遺産「官営八幡製鐵所」と後に合併する九州製鋼や後にJR九州となる九州鉄道を創業し、麻生家・貝島家と並び“筑豊御三家”と称されました。
その祖・安川敬一郎の次男・松本健次郎(松本家に養子に入った)は父と二人三脚で炭鉱をはじめとする事業を拡大に貢献。同時に教育にも力を入れ、国立九州工業大学の前身・明治専門学校を設立。

「松本健次郎邸」が建造されたのは明治時代の後半、1908年~1912年にかけて。戦後はGHQに接収され、数年間は将校の宿舎として利用。後に返還されたものの松本家は生活の拠点を東京に移していたため、北九州財界により設立された「西日本工業倶楽部」に譲渡。それ以来、迎賓館やパーティー、ブライダルの場として利用されています。

洋館と日本館の2棟から構成され、またそれぞれにタイプの異なる庭園があります。写真撮り過ぎたので洋館と日本館と分割して紹介、ここでは日本館について。設計を手掛けたのは洋館では監督をつとめた久保田小三郎

日本館と言っても玄関入ると赤じゅうたんの洋風の階段がある近代和風建築。素敵。婚礼等のパーティーの受付用に置かれている机も当時松本家がオーダーメイドで作ったもので、それをそのまま活用されているとのこと(松本健次郎が東京に移り住んだ時、家具は全部置いていったとか)。

なお当初は平屋建てで建築され、長男・松本幹一郎の結婚を祝して2階建てに増築されたのは1921年(大正10年)頃のこと。
二階はところどころ洋風の雰囲気が出ていますが、一階は広い座敷を持つ数寄屋風書院造り。相原雲楽による欄間の彫刻が美しく、そして松本健次郎本人による書も日本館では多く残されている(洋館にもあります)。

座敷から眺める庭園は回遊式の枯山水庭園。芝生を基調として“筑豊の炭鉱王の庭園”の面影が多少ある洋館の前の庭園と比べると、こちらは京風というか…あまり九州で見かけたことがないタイプの庭園。
建物の設計を手掛けた久保田小三郎は安川に雇われる前は大阪の住友本店に在籍。大阪に現存する『旧鴻池本店』を手掛けています。当時の関西の(かつ住友系の)庭師・作庭家などと仕事をしていたとしても不思議ではないよなあ…なんて想像。踏分石に用いている礎石のデカさが目を見張る…。

繰り返しますが、この近代建築を少人数で体験できてランチ:5,000円ならば安いもの。大人の建築ファンに「年1の特別公開」じゃなくその選択肢が伝われば!

(2020年12月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR鹿児島本線 戸畑駅より路線バス「一枝入口」バス停下車 徒歩6分
戸畑駅より徒歩約30分

〒804-0021 福岡県北九州市戸畑区一枝1丁目4-33 MAP