揚輝荘庭園Yokiso Garden, Nagoya, Aichi

「松坂屋」初代社長の別荘として造られた、山荘風の洋館と『修学院離宮』を模したと言われる池泉回遊式庭園。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

揚輝荘聴松閣・揚輝荘北庭園について

「揚輝荘」(ようきそう)は有名デパート『松坂屋』の初代社長・15代目伊藤次郎左衛門祐民の別荘として造営された邸宅と庭園。山荘風の洋館「聴松閣」と南庭園のあるエリア、そして近代和風建築「伴華楼」と池泉回遊式庭園のある北庭園エリアに分かれています。

最盛期からは店舗数は減っているものの、現在でも東海地方を代表する百貨店の松坂屋。ルーツは江戸時代に名古屋で創業した呉服店。明治時代の末期に15代目当主となった伊藤祐民は松坂屋の前身となる「株式会社いとう呉服店」を設立し、名古屋・栄に名古屋初の百貨店をオープンさせました。

覚王山が近年名古屋のオシャレスポットになっている――という話は聞いていたけど、伊藤祐民がこの「揚輝荘」を完成させてから郊外の別荘地としての人気が高まり、多くの郊外別荘が立ち並ぶエリアになったそう。
周囲には昭和初期創業の料亭・松楓閣、料亭よし川、そして『古川為三郎記念館』などの緑が多く残る建造物がありますが、その中でも揚輝荘は代表的な建造物であり、大正〜昭和期に掛けては全国の実業家、政治家、文化人と交流するための迎賓館・社交場としての役割も果たしていたそうです。(あと覚王山の名前の由来である「日泰寺」の敷地もド広い)

最盛期は約1万坪の敷地に30数棟もの建造物があったそうですが、戦後は松坂屋の社員寮になったり再開発の対象となったりで徐々に狭まり、現在の庭園は南北に分断(間に高層マンションが建ちます)。残った建造物と敷地が2007年に名古屋市に寄附された後は、貴重な近代の別荘建築として公開を開始。当時から残った建造物5棟が名古屋市指定有形文化財となっています。

■南庭園
「揚輝荘」のメインの建造物となるのが、ハーフティンバー様式の山荘風の外観の「聴松閣」。覚王山の起伏を活かした地上3階、地下1階の建造物で、個人的にはサンルーム(4枚目)のポップでかわいい意匠がお気に入り!
この「聴松閣」から見下ろす形になるのが、回遊式庭園である南庭園。これも伊藤祐民が過ごした時代に作庭された庭園――なのですが、2019年3月に訪れた際は建物内からしか眺められず。パンフレットには茶庭、枯山水、と記載があるけど遠くからだと池泉式庭園の遺構のようにも見えるんだけど…。
そして手入れされている姿が見えたのですが、ちょうどその翌週2019年4月から南庭園の公開を開始…!毎週水曜日・土曜日のみ、聴松閣のガイドの案内でのみ庭園を歩くことが可能だそうです。詳しくは公式サイトを。

また隣接する和風建築「揚輝荘座敷」も大正時代の建造物で、市指定文化財。「聴松閣」と異なり非公開なので内部の意匠はわかりませんが、川上貞奴が住んでいたこともあるそう。

■北庭園
マンションの間の道を抜けて2〜3分。北庭園は京都の名庭園『修学院離宮』の影響を受けたと言われる池泉回遊式庭園。古写真と見比べると、借景のマンションがすごく目立つのでだいぶ印象は変わっているかもしれないけど――池の畔に建つ和風建築が庭園に彩りを添えています。
中でも庭園に掛かる「白雲橋」(10枚目の写真)が修学院離宮の千歳橋を模したという特徴的な廊橋。渡れないけど間近で見ると天井絵などの意匠が見所です!また大正時代にこの地に移築された茶室「三賞亭」や、北庭園内で最も大きな近代和風建築「伴華楼」(尾張徳川家ゆかりの座敷に洋室を加えた、昭和初期の建築)が名古屋市指定文化財です。

北庭園では桜が少しだけ見えましたが、ピンクの実を付け始めた紅葉の樹が多かった印象。また別の季節に訪れてみたい!

(2019年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

名古屋市営地下鉄東山線 覚王山駅より徒歩7分

〒464-0057 愛知県名古屋市千種区法王町2丁目5-17 MAP