旧松阪家住宅

Former Matsusaka Residence Garden, Takehara, Hiroshima

“安芸の小京都”重要伝統的建造物群保存地区・竹原の町並みの中心に残る数寄屋風の商家建築と京風の庭園。

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旧松阪家住宅について

「旧松阪家住宅」(きゅうまつさかけじゅうたく)は国の重要伝統的建造物群保存地区・竹原市竹原の町並みにある商家の邸宅。江戸時代後期~明治時代の建築が竹原市重要文化財で、町家らしい庭園が見られます。

“安芸の小京都”竹原の町並み。訪れるのは3回目だったんですが、これまでは町並みをぐるぐる歩くだけで庭園がありそうな場所を見てなかったな…てことで約5年ぶりに訪れました。

中世には宿場町、江戸時代には製塩や酒造業、そして明治時代の半ばまでは北前船の寄港地として栄えた竹原。駅から徒歩15分程の場所に江戸時代~近代の商家が立ち並ぶ古い町並みが残ります。NHKの朝ドラ『マッサン』の主人公のモデルとなった竹鶴政孝の生家・竹鶴酒造や、竹鶴政孝・リタ夫妻の銅像も。

そんな竹原にあって、松阪家は塩田経営のほか薪・石炭問屋や廻船業・醸造業など多角経営を行う商家で、明治維新後には竹原町長も輩出した名家の一つでした。

現在残る主屋は江戸時代末期の文政年間(1820年頃)の建築で、その後1879年(明治12年)に全面的に改築され現在の姿に。
当時の当主・松阪昭二は書画や儒学に親しんだ文化人でもあったそう。庭園に面した書院には“彩月亭”“心遠盧”と書かれた扁額や書が掲げられ、そして縁側のデザインや円窓からも数寄屋風造りを感じさせるのはそうした背景ゆえ。

そして庭園はものすごく“京風の庭園”という印象を受ける。江戸~明治に経済が栄え、北前船で近畿との交流もあった竹原には茶の湯など京風の文化が入り込んでいたため。この竹原にルーツを持つ儒学者・頼山陽が広島だけでなく京都で活躍したことも影響があったのかも。
居る時は気づかなかったんだけど、縁側から庭越しに竹原のランド―マーク的存在『西方寺普明閣』も見られるそう。次回行く時は意識してみよう…。

また裏庭には“頼山陽遺愛の台柿”の木も。氏が詩に残すほど気に入った摂津国・伊丹の豪商、岡田家の柿の木の三代目を移植したもので、この岡田家は重森完途重森千靑の庭園が作庭された『みやのまえ文化の郷(伊丹郷町館)』として紹介をしていたりする。まさか竹原で“伊丹の岡田家”に繋がるとは思わなかった、“旧家”というのは意外とまだまだ残っている!

(2021年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR呉線 竹原駅より徒歩12分
最寄りバス停は「新港橋」バス停 下車徒歩5分(*広島駅・広島バスセンターからの高速バスも停車)

〒725-0022 広島県竹原市本町3丁目9-22 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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