松風園(松風庵)Shofuen Garden, Fukuoka

玉屋百貨店創業者・田中丸善八翁の邸宅“松風荘”に笛吹嘉一郎が造った茶室と、平成年代に開園した市民庭園。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

松風園(松風庵)について

「松風園」(しょうふうえん)はかつて福岡を代表する百貨店だった“玉屋百貨店”の創業者・田中丸氏(田中丸善八翁)の邸宅「松風荘」の跡地に、当時の庭園の一部と茶室を残し2007年(平成19年)にオープンした市民庭園。
名前の由来になっている茶室“松風庵”を手掛けたのは、京都の数寄屋師・笛吹嘉一郎。そして茶室の扁額は“昭和の電力王”松永安左エ門。

約5年ぶりに訪れました!前回訪れた時は、この地域にある藤森照信建築の“一本松ハウス”を観に行くことが目的で、たまたま自転車で通りかかったとかそういった感じだった。
今回も近隣の『平尾山荘(野村望東尼山荘跡)』へ行くことが目的で、松風園はそこから近いから再訪した――ぐらいの感じだったのですが、笛吹嘉一郎さんの建築だったとは…!笛吹嘉一郎さん、秋〜冬に訪れた京都『大河内山荘』、大阪『雅俗山荘』に続いて登場。

気になりすぎて園内のガイド用に見せていただいたパンフレットだけではなく「他にもありますか?」とお聞きしたところ、現在指定管理者として松風園を管理されている「都市造園」の岡大輔さんのレポート資料をいただきました。
公式サイトにも載っていないことが色々書いてあるのでそこからも引用しながら、説明を記載します。

この地に邸宅を構えた田中丸善八は元々佐賀の呉服商家の出身。ちなみに“田中丸”が苗字。玉屋百貨店を経営するかたわら陶磁器のコレクターとして美術品を収集、そしてそれを「多くの人に見てもらいたい」という思いから百貨店での展示会なども行ったそう。
そして死後に散財してしまうことを危惧し美術館登録――って先日の『白鶴美術館』で書いたことと似ているのですが、近代〜昭和にかけては「美術品を収集する」「そしてそれを一般の人のために公開する」ことが一つのステータスだったのでしょう。なお現在は玉屋の廃業に伴い、美術品は福岡市美術館と九州国立博物館に寄託されています。

松風荘は元々は別の実業家(福岡銀行の頭取)の邸宅だったそうで、松風荘という命名や“松風庵”の建築は田中丸邸となって以降のこと。松風庵と付随する広間が建てられたのは昭和27年。
田中丸翁が亡くなられてしばらく後の平成年代にマンション建設計画が持ち上がったところに市民が松風荘を残すことを懇願。それに至った背景として、松風荘は個人の邸宅でありながらも地域の方々数多く招かれ、もてなされた経験を持つという“地域の迎賓文化施設”であったから、という歴史によるもの。

そして最終的には当時の進藤一馬市長のもと、文化施設として残されることが決定。この進藤市長の頃に、黒田家の大名庭園がルーツの『友泉亭公園』や博多駅近くの『楽水園』が整備・開園されたそうなので、(バブル時代だったのかもしれないけど)市長選びも大事よね。

松風庵と連なる広間からは、和風庭園の富士山を現した刈込・岩組を正面に、その向こうには高台にあるこの庭園らしい山々の開けた借景が見られます。広間の方の庇も良いなあ。5年前は数寄屋建築をここまでちゃんと見ていなかった…。資料として、茶室研究家・中村昌生さんの解説コピーももらったのだけれど、何かの雑誌のコピーっぽいので割愛。

庭園は芝生も植栽もこれからの春以降が確実に良い季節。でも植栽だけじゃなく、全国に引っ張りだこだった京都の数寄屋大工の作品にも注目してみて!

(2015年9月、2020年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

福岡市地下鉄七隈線 薬院大通駅より徒歩11分
西鉄大牟田線 薬院駅・西鉄平尾駅より徒歩15分
天神駅・博多駅より路線バス「教会前」バス停下車 徒歩5分

〒810-0014 福岡県福岡市中央区平尾3-28 MAP