凌雲寺庭園Ryounji Temple Garden, Nagoya, Aichi

“津田豊後守”織田信光が創建、幼少期の織田信長も出入りした禅寺に、重森三玲に師事した現代の作庭家・齋藤忠一が手掛けた庭園。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

凌雲寺庭園について

「集慶山 凌雲寺」(りょううんじ)はJR名古屋駅から西へ約4kmの場所にある、織田信長の伯父“津田豊後守”織田信光の菩提寺。織田信長が幼少の頃に出入りしていたお寺でもあります。境内にある庭園は重森三玲に師事した現代の作庭家・齋藤忠一さんの作庭(改修)。

2022年3月に初拝観。本堂前の庭園は自由拝観で今回はそちらのみの紹介ですが、本堂の奥にも枯山水庭園があります。そちらは今回はお手入れをしていないので…ってことで写真NGでしたが、例年11月下旬の勤労感謝の日の頃に特別公開があるそう。

で、名古屋駅の西側(中村区)って殆ど歩いたことなかったなーと思って。凌雲寺のある稲葉地エリア(の『神明社』のあたり)は室町時代後期に織田信光が築いた居城『稲葉地城』がありました。
その歴史から現在の住所にも“城屋敷”という地名が残っていて、お寺の隣の敷地には「稲葉地城址」の石碑もあります。しかし信光から四代目の織田小藤次(津田小藤次)は信長とともに本能寺の変で討ち死に、稲葉地城も廃城になったのだそう。

庄内川のすぐそばにある凌雲寺はその織田信光により永正年間(1504年~1521年)により創建された臨済宗妙心寺派の禅寺。現在の建築こそ近代~現代に再建された新しいものですが、方丈(本堂)前の高いマツは幼少期の信長が近所の子供たちと遊んだ“信長草紙掛の松”で、脇には石碑も。

なお方丈は1891年(明治24年)の濃尾地震で倒壊したのち、1898年(明治31年)に再建された近代の建築。そして庫裏は1989年(平成元年)に奈良の世界遺産『法隆寺』の出入りでもある大工・西岡棟梁により建築されたもの――下の名前がわからなかったんだけど、京都の『吉田山荘』でも名前が挙がった西岡常一さんかな?

方丈の前に広がる“放生池”の歴史は古く、1535年(天文4年)の庄内川の大洪水をきっかけに出来たもの。その放生池が“庭園”へと生まれ変わったのは1981年(昭和56年)、重森三玲の弟子であり日本の各地に庭園を残されている作庭家・齋藤忠一の手によるもの。

氏の最新の庭園も紹介しているけれど(⇒『廣澤美術館庭園』)、この庭園は40年前の作品、ということはほぼ初期の庭園。本堂から見て左手にあるサツキの刈込は“重森風”な感じがするけど、それ以外は――やはり戦国武将ゆかりのお寺だから?奥には洲浜、手前に船着き場のあるオーソドックスな池泉回遊式庭園といった趣き。正面の亀島では弁才天が祀られています。

今回は紹介できないけど枯山水庭園もとても良かったので、お近くの方は秋になったら時期を問い合わせてみて。今回、庫裏の前の桜を熱心に撮影されていた方が居たから、地元の方には桜が人気なのかも。また織田信光の墓所も残るので、織田家ファンは訪れてみて。

(2022年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

名古屋市営地下鉄 東山線 中村公園駅より徒歩20分
中村公園駅・名古屋駅・栄から路線バス「稲葉地町」バス停下車 徒歩3分

〒453-0057 愛知県名古屋市中村区稲葉地本通3丁目18 MAP