名古屋城本丸御殿Nagoya Castle Honmaru Goten, Nagoya, Aichi

秀忠・家光など江戸幕府将軍の御成御殿にもなった“城郭御殿の最高傑作”。部屋毎に描かれた狩野派の障壁画も見所。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

名古屋城本丸御殿について

「名古屋城本丸御殿」(なごやじょうほんまるごてん)は徳川家康の命で築城された名古屋城の天守閣のすぐ傍にある、藩主の住居&政務の場として利用された御殿。戦災による焼失前は天守閣とともに国宝第一号で、2010年代に再建~2018年6月より公開が始まりました。

2021年7月、5年ぶりに『名古屋城二之丸庭園』を訪れた足で初めて鑑賞。前回訪れた時も完成はしていたけど公開はまだだった。
これまで三井寺(園城寺)の『光浄院』『勧学院』の国宝書院や、『西本願寺白書院・黒書院』など“日本を代表する書院建築”を見た中でも、この本丸御殿はスケールが違った…ので庭園じゃないけど紹介。

1610年(慶長15年)、関ケ原の戦いの後「大坂の陣」への備えとして徳川家康により築城がはじまった『名古屋城』。加藤清正をはじめ細川忠興福島正則池田輝政黒田長政金森可重などなど20数名の西国の大名が普請助役を任ぜられ、“天下普請”と称されます。

その後は明治維新まで約260年を徳川御三家の一番手・尾張徳川家の居城として用いられ、明治維新後~近代にも国宝保存法に基づき国宝に。
しかし天守閣・本丸御殿などの建造物は太平洋戦争時の空襲で焼失…天守閣が1959年(昭和34年)に先に鉄筋コンクリート造で再建され(今後、木造での建替えを予定)、この本丸御殿は2009年(平成21年)から約10年・総事業費150億円をかけ、木造・伝統的な工法により復元されました。

元の本丸御殿は1615年(慶長20年)に完成。その広さは建物だけで3,100平方メートル、合計13棟の建物からなり、“近世城郭御殿の最高傑作”とも称されたとか。
完成後すぐに江戸幕府将軍の為の御成御殿となり、その後は藩主の御殿は“二之丸御殿”に移った…と『二之丸庭園』の紹介の中に書きましたが、その二之丸庭園は本丸御殿の3倍の規模だったと。どんだけ広かったのか。尾張徳川家の権力の大きさを感じさせる。

御成御殿として利用した将軍は二代目・徳川秀忠、三代目・徳川家光、四代目・徳川家茂。今回復元された中には、家光宿泊の為に造営された“上洛殿”や“湯殿書院”、尾張藩主・徳川義直が用いた“表書院”、そして『清須城』から移築されたと伝わる“黒木書院”などにより構成。

復元された本丸御殿のすごさは、内部の装飾や美術品!
江戸時代の御殿には狩野探幽狩野貞信など狩野派の絵師による障壁画が部屋ごとに描かれ、襖絵など移動可能な作品は戦争時に取り外されていたため焼失を逃れ、1047面もの襖絵が国指定重要文化財として保管されています。それらの絵画も全面的に復元され、この本丸御殿で鑑賞することができる。

そして絵画だけじゃない、各部屋や廊下の欄間の彫刻も(鮮やかな彩色も含めて)お見事。
これだけの予算をかけて“伝統的な工法で忠実な復元”がかなったのは、幸いにも江戸時代~昭和初期までに図面・実測図・古写真など各種資料/史料が残されていたから。史料があるからプロジェクトが動く、プロジェクトがあるから“伝統技術”を継承する場も生まれる――。

今は中庭がコンクリの地面が丸見えなので、いつか坪庭も復元されるといいな。きっとみんな写真に撮ってアップしてくれる!

(2021年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

名古屋市営地下鉄・名城線 市役所駅より徒歩5分
名古屋市営地下鉄・鶴舞線 浅間町駅より徒歩10分強
名古屋駅や栄から路線バス「市役所」「名城病院」バス停下車 徒歩5分

〒460-0031 愛知県名古屋市中区本丸1-1 MAP