近代数寄屋建築の巨匠・吉田五十八設計の寺院建築。通常非公開の庭園は昭和の東京を代表する造園家・岩城亘太郎の作庭。国指定史跡”細井広沢墓”も。
満願寺について
【庭園は通常非公開】
「満願寺」(まんがんじ)は東京の世田谷区・等々力の目黒通り沿いに位置する寺院。平安時代末期に創建されたという古刹で、現在見られる伽藍/建築は昭和の代表的な建築家のひとり・吉田五十八の設計。また一年間で3回のみ公開される、通常非公開の庭園もあります。世田谷区民の選ぶ「せたがや百景」選定。
先に紹介した『等々力渓谷公園』から東急・等々力駅を挟んで北側。東京指定文化財(東京都指定名勝)に公園敷地とともに含まれる『等々力不動尊』の本院に当たるのがこの満願寺。京都の『智積院』を総本山とする真言宗智山派に属し、正式名は「致航山 感應院 満願寺」。
その歴史は古く平安時代に開創。室町時代には吉良氏の祈願寺として『世田谷城』の出城・兎々呂城の一角に移築されました。以来現在の場所で450年以上の歴史を重ねています。
江戸時代中期には江戸幕府五代目将軍・徳川綱吉の右腕・柳沢吉保(『六義園』の築庭者としても有名)に登用された文学者/書家・細井広澤ゆかりの寺院となり、満願寺に残る墓所は国指定文化財(国指定史跡)となっています。満願寺の山門の扁額は細井広澤の筆。
そんな歴史的な寺院ですが、現在の境内・伽藍は昭和時代中期の1970年(昭和45年)に近代数寄屋建築の巨匠・吉田五十八の設計で整えられたもの。
関東では『成田山 新勝寺』の本堂、関西では奈良の世界遺産に隣接する『中宮寺』の本堂など寺院建築も手掛けている吉田五十八の晩年の作品で、直線的な白い石畳と銅板葺きで伝統的な寺院とは少々雰囲気が異なるスタイリッシュな寺観を見ることができます。(ちなみに新勝寺は同じ真言宗智山派の大本山)
そして通常非公開ですが庭園も。本堂・客殿の奥に昭和の東京を代表する作庭家・岩城亘太郎(岩城造園)が手掛けた池泉庭園があります。なお吉田五十八×岩城亘太郎コンビは成田山新勝寺と同じ。
その奥の「大塔」の御開帳に合わせて7月7日、9月のお彼岸、3月の春彼岸と年間で3日間のみ一般公開。お近くで都合の合う方はぜひ訪れてみて。(*開門時間も短いので詳細は公式サイトを。)
(2022年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
東急大井町線 等々力駅より徒歩3分
最寄りバス停は「等々力」「玉川神社前」バス停 徒歩2〜3分。成城学園前駅・目黒駅・渋谷駅・東京駅方面から路線バスも。
〒158-0082 東京都世田谷区等々力3丁目15-1 MAP