華蔵寺庭園Kezoji Temple Garden, Nishio, Aichi

村雨辰剛さんの推し庭園。“忠臣蔵”吉良上野介義央が菩提寺に作庭させた、美しい苔と石組みの枯山水庭園。

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華蔵寺庭園について

「片岡山 華蔵寺」(けぞうじ)は“忠臣蔵”で有名な吉良上野介義央の曾祖父である吉良家14代目・吉良義定により江戸時代初期に開いた寺院。本堂裏には江戸時代中期に吉良上野介義央が作庭させた枯山水庭園があります。2020年12月、約6年半ぶりに“三河の小京都”西尾の城下町を訪れた足で初めて拝観。

その存在は以前から頭に入っていたものの、「そんなにいい庭園なんだ!?早く見に行かなきゃな」と思ったきっかけは2019年7月のニワソラさん主催の『Niwasora Night』。ゲスト出演した村雨辰剛さんが「オススメ日本庭園3選」に選んでいて――理由は確か『植木の仕事をはじめたばかりの頃に親方について一緒に入らせてもらって、この庭園の美しさに感銘を受けた』みたいな感じだったと思うのですが――訪れて分かったのは、この庭園はそうした“想い出要素”がなくても素晴らしい庭園…!

西尾の城下町からは東へ4kmちょっと。西尾~吉良吉田あたりは割とレンタサイクルできる場所あるので、自転車ならばそんなアクセスも悪くない。
古くは鎌倉時代初期、三河国守護として西尾城を築いた足利義氏を初代とする吉良家。江戸時代には徳川幕府に仕える旗本となり、居住地(拠点)は江戸に置きつつ、旧領である三河の西尾に領地(吉良庄)を持ちました。

元々は西尾の実相寺(『伝想庵』の時に書いた、西尾のお茶のルーツ)を菩提寺としていた吉良家。1600年(慶長5年)に元は真言宗の寺院だった華蔵寺を当地に移転させ、13代目以降の菩提寺として創建。

吉良の17代目にあたる義央。1690年(元禄3年)の義央50歳の時に自像を作らせ、寄進した霊屋に安置。現在は「吉良義央の木像」として愛知県指定文化財となっています。同時に造った“吉良義定の木像““吉良義安の木像”、梵鐘、経蔵が西尾市指定文化財。

庭園もそれと同時期(1700年頃)に作庭されたもので、裏山(片岡山)の斜面にサツキの刈込と石組を多数配した小堀遠州好みの枯山水庭園。苔の中には石と刈り込みによって亀島が表現されています。
おそらくは本堂から真正面に見るのがメインのビューポイントなのだけど、書院で真横から見ても庭園全体が見渡せる・鶴島と石橋が真正面に見える。更に気になるのが“岫雲軒”というお茶室…。これについては何も案内が書かれていないんだけど、また違った形で庭園を捉えられそう。

そして、苔について。三河の海近くでこんなに苔が美しい庭園が見られるとは思ってなかった。ちなみに華蔵寺、一昔前の写真を見ると白砂なんですよね。庭園の説明文の“平庭は枯池として――”という言葉を見ると、苔ではなく砂というのが本来の姿なのかもだけど――
朝一で訪れたこの庭園。ぼんやり眺めていたら、腰の曲がった老婆(お寺の方)がやってきて、苔の手入れをはじめられて。「きれいにお手入れされたお庭ですね」とお話したら「草がすぐ生えてくるもんでねえ」と。美しい庭園には、人の想いがこもっている。

んで。吉良家ゆかりのもの以外にももう一つ重要な文化財が。愛知県指定文化財となっている『伝池大雅作品群』。
2020年、京都で大きな展覧会も開かれていた江戸時代の画家・池大雅。若い頃は白隠禅師の下で禅の修行を重ねた大雅、同時期に師事していたのが華蔵寺の9代目・澧川和尚。兄弟弟子の間柄だった和尚を訪ね、池大雅は華蔵寺に約1年半も滞在。40面にもわたる襖絵を残しました。この貴重な襖絵はお正月など特別な日のみ公開されるそう。

余談。村雨さんの経歴を改めて拝見すると、愛知県の造園会社だとぼんやり認識していたけれど、まさに西尾市の会社(加藤造園さん)だったんですね。今回自分が自転車で走っていたエリアを走り回っておられたんだな。

西尾の庭園、あともう一ヵ所紹介します。なお、華蔵寺にほぼ隣接している『花岳寺』↓も本堂が国登録有形文化財、国重文も所蔵している吉良家ゆかりの寺院。歴史好きならチェック。


(2020年12月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

名鉄西尾線 上横須賀駅より徒歩25分(平日のみ駅前にレンタサイクルあり)
名鉄西尾線 西尾駅より約4km(駅にレンタサイクルあり)
西尾駅よりコミュニティバス「ホワイトウェイブ」バス停 徒歩15分(*1日4往復)

〒444-0531 愛知県西尾市吉良町岡山山王山59 MAP