釜井庵(本洗馬歴史の里資料館)Kamaian, Shiojiri, Nagano

妙義山城主・三村長親の居館跡に残る、江戸期の紀行家・菅江真澄も過ごした江戸中期の古建築。長野県指定史跡。

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釜井庵・本洗馬歴史の里資料館について

「釜井庵」(かまいあん)は戦国時代に当地の妙義山城主・三村長親の居館跡に残る江戸時代中期の建造物で、長野県指定史跡。『本洗馬歴史の里資料館』が併設されています。
2019年夏、アウェー・松本山雅戦からの南信州庭園めぐり。『長興寺庭園』が目的で初めて洗馬を訪れ、すぐ近くにあった釜井庵にも立ち寄りました。

この“本洗馬歴史の里”は中世〜戦国時代にかけて三村氏が城下町として形成した場所とされます。三村氏が甲斐国・武田氏によって滅ぼされた頃には中山道の宿場町“洗馬宿”もこの本洗馬にあったそうですが、江戸時代に現在の洗馬宿の方に機能が移りました。
ただその後も焼物の街として栄え、江戸時代後期~近代までは複数の窯元が存在し、文人墨客も訪れていたそう。

現在の釜井庵は江戸時代中期に建立されたもので、最近では平成10年(1998年)に修復が行われています。ちなみにWikipediaには1616年に小笠原貞慶(信濃国守護大名、松本城の前身・深志城主)が建立した寺院が前身とあるけど、小笠原貞慶はもっと早く亡くなっているのよね…ちなみに小笠原貞慶の父親が、会津若松『大龍寺庭園』で紹介した小笠原長時

江戸時代の紀行家(旅行家)菅江真澄が1783年5月から約1年間、本洗馬のこの釜井庵に滞在。氏の著書『自筆本真澄遊覧記』全89巻は国指定重要文化財となっていますが、その中にはこの釜井庵での生活を綴った巻(委寧乃中路、庵の春秋)も。またそれ以外の時期には寺子屋として地域の学習の場として用いられていたそうです。
18世紀(1700年代)の建築の特徴をよく残しているとされ、建物の周囲には池泉庭園の遺構らしきものとサツキ・ツツジの群植が見られます。

敷地内にある本洗馬歴史の里資料館では菅江真澄や釜井庵に関する資料、かつて焼き物の町だったこの地域をしのび陶器の展示や焼き物体験なども。
七夕の直後だったこの日は、笹の葉に七夕の願い事が沢山つるされていた。庭園としては小規模だけど、こういった古建築は単純に好きなので残されてほしいなあ。『長興寺庭園』とあわせてどうぞ!

(2019年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR中央本線 洗馬駅より3km弱(徒歩35分)
塩尻駅より約4.5km(レンタサイクルあり ※冬期はないかも)
塩尻駅より塩尻市地域振興バス「すてっぷくん」乗車、「釜井庵前」バス停下車 徒歩2分(⇒日祝は運休。時刻表はこちら

〒399-6462 長野県塩尻市大字大字洗馬元町2323-1 MAP