本間家旧本邸

Former Honma Family Residence Garden, Sakata, Yamagata

かつて日本一の大地主と言われた酒田・本間家が江戸時代中期に建立し藩主に献上した武家屋敷と、北前船で運ばれた銘石による枯山水庭園。山形県指定文化財。

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本間家旧本邸について

【*外観・庭園のみ撮影可】
「本間家旧本邸」(ほんまけきゅうほんてい)はかつて日本一の地主とも言われた豪商・本間家が江戸時代中期に建立した武家屋敷。そのお屋敷・長屋門が「本間家本邸 附 長屋門」として山形県指定文化財。日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~」構成文化財。

北前船の寄港地として栄えた湊町・酒田。そんな酒田を代表する豪商であり、「東北三大地主」の中でも最大規模の農地を有した本間家。JR酒田駅前にある国指定文化財庭園『本間氏別邸庭園』(本間美術館)からは南へ約1km、酒田の旧市街に近い場所に旧本邸があります。

本間家のルーツは鎌倉時代に佐渡国の守護代となった御家人・本間能久にさかのぼります。以来、戦国時代までは佐渡国の豪族/武将として、時に越後・上杉氏の下で戦い、時に対峙し、最後は上杉景勝により滅ぼされました。

そんな佐渡本間氏の分家が酒田で成功した本間家。1689年(元禄2年)初代・本間久四郎原光が現在の別館「御店」がある地に『新潟屋』を開業。
三代目・本間光丘は庄内藩主・酒井家の信頼を得ると藩の財政再建に取り組んだり、砂防林(松林)の植林、土地改良、水利事業など酒田の街づくりにも多大な貢献を果たします。

そんな本間光丘が1768年(明和5年)に建立したのが旧本邸。なお元々は本間家の自宅として建立されたものではなく、江戸幕府の巡見使を迎えるための宿舎(幕府巡見使用宿舎)として建立し藩主・酒井家に献上したもので、後に藩から本間家の方に所有権が戻され(拝領)、本邸として使われることに。そんな経緯から「武家造り」と「商家造り」が混在した、当時には珍しいお屋敷。
1945年(昭和20年)まで本間家の本邸として利用され、1982年(昭和57年)から観光施設として公開されています。

そんな幕府の要人を迎え入れるためのお屋敷なので、旗本屋敷の格式が備わった長屋門、南側の白壁に薬医門、そして違い棚のある書院造りのお座敷…などなど建築内部の意匠も素晴らしいですが、ここでは庭園を中心に。

主座敷から南方にのぞむ横に細長い枯山水庭園。手間を飛び石が横切り、奥に築山がもうけられています。樹木の本数は多くないけれど、かなり大きく育っている樹齢400年のアカマツなどの高木がお庭の歴史を感じさせる。またその庭石がカラフルなのは、石川・加賀あたりのお屋敷と同じく北前船の寄港地ならでは。船を安定させるために積載した石(海神石)がこの庭園に使われているそう。だから銘石・佐渡の赤石の姿も。

館内では本間家や酒田市の歴史がわかる展示や、北前船の交易によって酒田にもたらされ、本間家に伝った美術工芸品が展示されています。またお向かいの別館「御店」(おたな)では商家としての展示が見られるほか、お土産品の販売も。本間美術館と合わせて本邸もチェック!

(2023年9月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR羽越本線 酒田駅より徒歩15分
酒田駅より路線バス「中央東町」バス停下車 徒歩5分

〒998-0045 山形県酒田市二番町12-13 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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