
昭和時代のお屋敷群“荻窪三庭園”で最も新しい近代数寄屋建築・庭園は、現・KADOKAWA/角川書店創業者・角川源義の旧邸“幻戯山房”。国登録有形文化財。
角川庭園・幻戯山房について
「角川庭園」(かどかわていえん)は東京都杉並区のJR/東京メトロ・荻窪駅からほど近くにある杉並区立の庭園/建築。角川書店(現・KADOKAWA)の創業者で文学者(俳人)・角川源義が昭和時代中期に造営した旧自邸で、その建築が「幻戯山房(旧角川家住宅主屋)」として国登録有形文化財となっています。
荻窪駅南口から南側へ徒歩10分程。幹線道路の青梅街道&環八から程よく距離があり、善福寺川への緩やかな登り降りのあるこの一帯は現在も閑静な住宅街ですが、この『大田黒公園』(旧大田黒元雄邸)、現『角川庭園』(旧角川家住宅)、そして2024年から公開が開始された『荻外荘』(旧近衛文麿別邸)などが残るお屋敷街でもあります。
これら“荻窪三庭園”の中で、昭和時代の中でも最も新しい年代にあたるのがこの角川庭園で、大田黒公園~荻外荘の間に立地します。
富山県出身、上京後に設立した出版社「角川書店」で成功を収めた実業家でもあり、自らも俳人として活躍した角川源義。現在のKADOKAWAグループの礎を築いた氏が1955年(昭和30年)に建てた旧宅が、2009年より杉並区立の公園施設として一般公開(また茶室などの貸室利用も)。建築・庭園の見学のほか、応接間兼書斎だった部屋には氏ゆかりの俳句の作品や書籍が展示されています。
設計を手掛けたのは角川源義と俳句仲間だった建築家・加倉井昭夫、施工は東京の名工・水澤工務店。瓦葺きの車寄せや障子戸などが伝統的な和のエッセンスもある一方で、所々海外の山荘の様な洋のエッセンスも取り入れられた近代数寄屋建築――加倉井さんは近代数寄屋建築の巨匠・吉田五十八の後輩にあたる人物で、その作風や庭園・南向きのL字型のガラス戸は五十八さんからの影響を強く感じさせる!(※水澤工務店は吉田五十八の建築にも幾つも関わっています)
建物の南側に庭園が広がります。ちょうど斜面のある敷地に建てられた旧角川邸、庭園もその地形を活かしていて、玄関前から分岐する園路は斜面沿いにもうけられ自然を感じさせる空間…そして斜面上部に立つ邸宅の前には開放的な芝庭と茶室へと至る茶庭やつくばいが配されています。
現在は邸宅側から見て正面にマンションが立ち、それを隠すように中高木が揃って植えられているのですが、かつては台地の上に位置すたこの邸宅からは平地や善福寺川まで見渡せたそうです(これは『荻外荘』のかつてと同じ)。
その庭園に植栽された花木は角川が俳句の題材として選ばれた樹木・草花で構成され、茶室前の梅や中央のサルスベリは古写真にもうつりこんでいる。いずれも昭和時代の建立で文化財となっている“荻窪三庭園”の中でも、少しずつ時代の変遷が感じられる、そんな空間の角川庭園。ぜひ合わせて訪れてみて。
(2017年11月、2026年1月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
投稿者プロフィール

- Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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