承天寺庭園“洗濤庭”Jotenji Temple Garden, Hakata, Fukuoka

祇園山笠発祥之地。博多の新シンボル“博多千年門”からすぐの名刹に現代に作庭された通常非公開の石庭“洗濤庭”。

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承天寺庭園“洗濤庭”について

【通常非公開】
「萬松山 承天寺」(じょうてんじ)はJR博多駅からも程近く、博多旧市街のシンボル“博多千年門”からすぐの場所にある臨済宗東福寺派の禅寺。例年秋に開催される『博多旧市街ライトアップウォーク 千年煌夜』(※新型コロナ禍以降は未開催)でのみ一般公開される石庭“洗濤庭”があります。

前庭までは普段も拝観可能。少しの角度だけ“洗濤庭”の姿も拝むことができます。

創建は鎌倉時代の1242年(仁治3年)、宋出身の貿易商・謝国明により創建。開山は宋で修行し後に京都の国宝寺院『東福寺』を開いた“聖一国師”こと円爾弁円。同じ鎌倉時代に創建の『聖福寺』『崇福寺』と共に博多の“三禅窟”とも称されます。御本尊の木造釈迦三尊像や銅鐘など複数の国指定重要文化財も所蔵。

現在残る伽藍のうち、唐門・開山堂・鐘楼が江戸時代に建立された建築で福岡市指定有形文化財。千年門のある道路を挟んで大通り側にある仏殿“覚皇殿”はシロアリの被害で一時失われ、現在の建物は1988年(平成元年)に再建されたもの。
同時期に再建された山門には菊の御紋も。筑前国も治めた戦国大名・大内義隆が承天寺に天皇の病気治癒の祈祷をさせるなど皇室との縁も。

また聖一国師が宋から製粉技術とうどん・そばの作り方を持ち帰り広めたことから“饂飩蕎麦発祥之地碑”が(※なお香川県のさぬきうどんには弘法大師空海が唐から作り方を持ち帰ったなど諸説ある)、同じく聖一国師が広めた御饅頭の碑、聖一国師と共に宋に渡り商人・博多織を広めた満田弥三右衛門の碑、そして聖一国師が創始者となった“博多祇園山笠発祥之地の碑”などがあります。

そして方丈前に広がる石庭“洗濤庭”。1975~85年代の航空地図ではその姿が確認できないので、おそらく仏殿再建の際に同時の作庭された現代の枯山水庭園。
一面の白砂に描かれた砂紋がシンプルながら美しい庭園で、その砂紋は玄界灘を表し、庭園奥の苔庭が中国大陸を表現しているそう。この洗濤庭で使われている巨石と同じような庭石が仏殿前にも配されています。

最盛期には43あった塔頭寺院は現在は天与庵・宝聚庵・祥勝院・乳峰寺の4寺に。隣接する天与庵でも庭園を見ることができます。

(2021年12月、2022年2月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR九州新幹線・各線 博多駅より徒歩約10分
福岡市地下鉄空港線 祇園駅より徒歩4分

〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前1丁目29-9 MAP