
“五段茅葺中竹節揃角市松模様寄棟造”でバズった茨城県指定文化財の豪農屋敷は、江戸時代に作庭された庭園“落合園”も高萩市指定史跡の文化財庭園。
穂積家住宅・庭園「落合園」について
「穂積家住宅」(ほづみけじゅうたく)は茨城県高萩市にある茨城県指定有形文化財の旧・豪農屋敷。江戸時代中期の1773年(安永2年)に造営された主屋をはじめ、長屋門/前蔵/衣裳蔵/庭園を含む約4,000平方メートルの敷地と当時の屋敷図(穂積家屋敷絵図屏風)が茨城県指定有形文化財、庭園「落合園」は高萩市指定史跡(文化財)となっています。
穂積家を知ったきっかけは2016年に開催された『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』…その芸術祭の展示会場として存在を知ってから、10年の時を経て2025年に初めて訪れました。(NHK朝ドラ『らんまん』をはじめ、テレビや映画のロケ地として用いられた実績も。)
茨城県の北東部に位置する高萩市。この穂積家も玄関口・高萩駅から約4km離れていますが、そこから近いエリアが江戸時代に成立した常陸松岡藩の城下町で、現在も「お屋敷通り」と呼ばれる雰囲気ある町並みが残ります。
穂積家について。江戸時代からこの地域の庄屋をつとめた豪農で、農業のみならず酒造業、林業、金融業、製糸業など様々な事業を興し地域を牽引した家柄。近代の当主・穂積竹次郎は茨城県議会議員にも複数回選出。酒造業では銘酒「松乃月」が人気を集めたのだそう(室内にも展示されています)。
まずそのお屋敷の規模がすごい。周囲に張り巡らされた木塀、そして楼門のような長屋門!…現在の長屋門は昭和時代初期に2階建に改築されたもの。当初の建立が江戸時代中期という主屋にもガラス障子や数寄屋風の細工など「近代和風建築」的な“和洋折衷”な意匠が登場します。
長屋門を抜けて現れる主屋、写真だと伝わりづらいのですが、これがまたどデカい茅葺屋根…。今のこの現代、茅葺屋根やそれを扱う職人さんが非常に貴重な存在となっていますが、この穂積家の茅葺屋根は本当に大きい。新潟県の国重要文化財『目黒邸』も圧巻の大きな茅葺屋根だったけど、それに次ぐ規模。そしてこの茅葺屋根の一角にほどこされた市松模様(五段茅葺中竹節揃角市松模様寄棟造)が2026年にSNSでバズっていました。(なお直近では2022年に修復工事が行われています)
そんな主屋のお座敷に面して池泉回遊式庭園「落合園」があります。こちらのお庭も江戸時代に作庭されたもので、県文化財に附で指定の「屋敷絵図屏風」にも描かれています。
座敷から正面に見て特に目が行くポイントが2つ。まずは右手側に築かれた築山。一言で「築山」と言っても、これがまたデカい(植物の大きな刈込もきれい)。実は(?)この築山に沿って2階建の書院がかつて建っており、この築山を登って2階部分に登ることができたそう。他の例で言うと、長野・須坂の豪邸『田中本家博物館』の「清琴閣」ような築山と一帯となった書院だったのでしょう。
そして、いわゆる心の字を模った心字池の正面やや左手にある石橋。これもまたちょっと特徴的な立派な石橋で…一枚板の石橋ではなく石積の太鼓橋。和歌山・紀州徳川家の『養翠園』や広島・浅野家の『縮景園』にあるようなちょっとオリエンタルな雰囲気の太鼓橋…大名や上級武家のお屋敷ではなくこの庶民のお庭に存在し、描かれていたというのはなかなかエポックメイキングじゃない!?(水戸藩の独自の身分制度も影響していた…とか!?)
庭園について注目ポイントをあと2つ。この主庭の奥にバラバラに倒れた石灯籠が一基。お聞きすると、「たぶん大震災で倒れた時のまま」とのこと。高萩市では、2011年以降も複数回震度6を記録しています。組み直さずに、震災の記憶を残すお庭――というのもとても意味を感じた。
そして、主屋北側にも竹林が楽しめる回遊路とちょっとした池泉庭園が。この北側のお庭(主屋を囲むような水路をそのまま池泉庭園にしている感じ)も、先述の新潟の『目黒邸』に似ているなぁ。「江戸時代の豪農屋敷のお庭」の貴重な例として、お庭も地域の方々に愛してもらえたらいいな…!
(2025年8月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
JR常磐線 高萩駅より約4km(※観光案内所でレンタサイクルあり)
【平日に1日2本のみ】JR高萩駅より路線バス「穂積家」バス停下車 徒歩2分
〒318-0004 茨城県高萩市上手綱2337-1 MAP
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