護国寺庭園Gokoku-ji Temple Garden, Shimabara, Nagasaki

城下町・島原の寺町に残る、藩主ゆかりの寺院に造られた昭和の池泉回遊式庭園。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

護国寺庭園について

【庭園拝観は事前連絡推奨】
「護国寺」(ごこくじ)は城下町・島原の寺町にある寺院で、「鯉の泳ぐまち」や「湧水庭園 四明荘」からは徒歩5分ほどの距離。
島原の乱から13年後の1651年に島原藩主・高力忠房公により創建。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、加藤清正公に見い出され朝鮮から一緒に海を渡ったという日遥上人が開山。現在の本堂は江戸時代中期に建てられたもので、境内には種田山頭火の句碑や肥前国の大名・龍造寺隆信の墓碑もあります。

公式サイトには庭園に関する説明はありませんが、島原で見られる庭園について島原観光協会におたずねしたところこの護国寺を薦めていただきました。本堂の裏にある池泉回遊式庭園の作庭時期はご住職によると「比較的新しくて昭和の頃」とのことですが、こちらの池泉も例に漏れず「湧水池から水路を引いている」とのこと。

現在は背後の樹木も高くなっているのですが、昔は向こう側に雲仙岳を借景に見えたのだとか。サツキ・ツツジが多く植わっているので晩春にはよりきれいなんだろうなあ。池泉庭園の多く残る島原の中でも今の所唯一把握できた寺院庭園。他の住宅庭園・武家屋敷庭園とはまた違う趣があって見る価値あり!

島原の護国寺は「三十番神」が有名。これはひと月30日の1日ずつ分担して守護してくださるという護国寺に安置されている30体の仏像(守護神)のこと。
ことのはじまりは江戸時代中期。当時の島原藩主・松平忠俔が大病で危篤状態となった際に見た夢から、京都の刀匠30人に1体ずつ造らせたというもの。
明治時代の廃仏毀釈(神仏分離令)により護国寺から離れ、島原城に安置されたのち遠くの東京まで流出してしまいましたが、明治後期に買い戻され、今日に至るまで信仰を集めています。島原市の指定文化財。

(2018年10月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

島原鉄道 島鉄本社前駅より徒歩11分
島原駅より徒歩15分 ※駅にレンタサイクルあり

〒855-0852 長崎県島原市寺町6239 MAP