中山道御嶽宿 商家竹屋

Shoka Takeya Garden, Mitake, Gifu

中山道六十九次の宿場町“御嶽宿”。その本陣を営んだ野呂家から分家した豪商の明治時代の商家建築。町家の庭も。御嵩町指定有形文化財。

庭園フォトギャラリーGarden Photo Gallery

中山道御嶽宿 商家竹屋について

「中山道御嶽宿 商家竹屋」(なかせんどう みたけじゅく しょうかたけや)は中山道六十九次49番目の宿場町“御嶽宿”の本陣に駐車場を挟み隣接する商家建築。明治時代に建築された主屋と茶室が御嵩町指定有形文化財で、それらから眺める庭園があります。

2022年初夏、初めて名鉄広見線に乗って可児市〜御嵩町を訪れました。お目当ては御嶽宿のはずれにある京都“龍安寺石庭”のモデルとも言われる『愚渓寺庭園』でしたが、御嶽宿で一般公開されている町家の庭も紹介!

中山道に沿って建ち、建築の間口の広さから立派な商家だったことが伝わってくる商家竹屋。元の所有者「野呂家」は本陣役をつとめた野呂家の分家で、金融業/木綿や材木商/そして地主でもあったいわゆる町の豪商でした。
近代には名古屋に進出し「竹屋街」と呼ばれた借家街を経営、4代目当主・野呂静は実業家として電力事業会社やアメリカ製自動車の輸入販売会社を経営されたとか。

現在の主屋は1877年(明治10年)頃の建築とされ、手前の店の間の雰囲気は商売を営んだ頃の香りが漂うけれど、ちょっと奥へ入った中の間・居間・奥座敷は欄間の意匠は凝っていて…江戸時代の建築様式をベースに徐々に文化的なことを積極的に表現する“近代の町家”へと変貌していたことが感じられます。

廊下と中庭を挟んで奥にあるのが主屋と同じく町指定文化財の茶室。明治36年の図面では描かれておらず、それ以降の年代に地域の寺院から移築されたものと伝わります。訪れたこの日は奥座敷で地元の方々の詩吟の会が催されていたのだけど、茶室もお茶会とかで使われていたりするのかな…。

そんな茶室と主屋の奥座敷から眺められる庭園。奥座敷〜茶室まで飛び石で結ばれていることを考えると茶室が移築された近代に作庭された庭園かな。
今回訪れた時に見たこの姿は「前回植木屋さんがお手入れに来られてからだいぶ時間が経ってる」感はあるけれど、きっと『誉田屋源兵衛』『長江家住宅』の様な“京都の商家の庭”に負けず劣らないものを…という想いで作ったんだろうって雰囲気は残す。

敷地奥へ進むと大正時代に建築された土蔵と平成年代に公開施設になるにあたって新築された土蔵風の展示棟があり、竹屋や中山道に関する各種展示を見ることができます。展示棟から主屋を振り返ると周囲の山々の風景が…ロケーションの良さも感じられます。

一見「大した庭じゃない」と感じる方もきっと居るだろうけど、コロナ禍以前の年間入館者数は約1万人。これよりも少ない国の文化財庭園もままある、決して少なくない数字(中山道や宿場町人気なのか名古屋からの距離感なのか)。なので大切にされて欲しい庭園。
なお中山道御嶽宿についてより知りたい方は、同じ通り沿いにある『中山道みたけ館』もチェック!

(2022年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

名鉄広見線 御嵩駅より徒歩3分

〒505-0116 岐阜県可児郡御嵩町御嵩1406 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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