ニコタマの都会の中心に2013年に開園した都市公園“二子玉川公園”内の現代日本庭園。造園家・進士五十八/高崎康隆/戸田芳樹風景計画の作庭。
二子玉川公園・帰真園について
「二子玉川公園」(ふたこたまがわこうえん)は2013年(平成25年)に開園した世田谷区立の都市公園。時を同じくして開園した現代の日本庭園『帰真園』は日本造園学会長などを務めた造園家・進士五十八監修の下、高崎康隆、戸田芳樹風景計画による設計/作庭。また庭園の中央には世田谷区登録有形文化財の和風建築『旧清水家住宅書院』も。
2022年5月、約4年半ぶりに訪れた際の写真を主に紹介。
古くは1957年(昭和32年)の都市計画から構想されていた「二子玉川公園」。現在の公園の計画が具体化したのは2009年の「(仮称)世田谷区立二子玉川公園整備基本構想」以降で、帰真園はその公園内に世田谷区では初めての区立の日本庭園として造園。
現在は東京でも特に人気のある街の一つで、公園の傍には大きな商業施設やタワーマンションが立つ都会・二子玉川においてまさに地域の癒しの空間となっている二子玉川公園&帰真園。“帰真園”の名は都市の中に置いて自然に環る(Return of Nature)という想いが込められ命名されました。
その庭園も世田谷や二子玉川ゆかりの自然がモチーフとなっていて、庭園の外にある富士見台はその名の通り富士山を眺めるために、富士山の姿を模して築かれた築山。そして庭園の高台にある、この庭園の水の起点の石組〜流れは多摩川の源流・笠取山や鳩ノ巣渓谷、そして庭園中央の池は大きな多摩川が表現されています。
その池泉回遊式庭園の中央に建つのが『旧清水邸書院』。明治時代末期に建立された近代和風建築で、大正時代に世田谷区・瀬田の清水家の屋敷内に移築。昭和末期、所有者により取り壊しが決定されますが、世田谷区が文化財候補として部材を保管。
そして帰真園の開園に合わせこの地に復元されたのと同時に登録文化財に。移築前にこの書院の前に広がっていたのは芝生の庭園だったようですが、現在は池泉庭園のビュースポットやアイキャッチの一つとなっています。
ちなみに旧清水邸書院のみならず、庭園内で見られる石灯籠の一部はすぐ近くにある『五島美術館』から寄贈された古い石造物なのだとか。歴史的な文化財建築と現代の住宅地が共存する2010年代の新たな日本庭園の形、ぜひチェックしてみて。
(2017年11月、2022年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
東急田園都市線・大井町線 二子玉川駅より徒歩9分
小田急・成城学園前駅/狛江駅から路線バス「若葉町三丁目」バス停下車 徒歩9分
〒158-0094 東京都世田谷区玉川1丁目16-1 MAP