現代芸術家・杉本博司の集大成は“庭園”。古寺や大名ゆかりの歴史的石造物や建築が点在し、現在も作庭が続く庭園。
江之浦測候所について
【完全予約制】
「江之浦測候所」(えのうらそっこうじょ)は現代芸術家・杉本博司が構想10年・建設10年をかけて造営、2017年に一般公開がはじまった庭園。基本設計・デザイン監修は杉本博司と建築家・榊田倫之により設立された“新素材研究所”(新素研)、運営は杉本博司が設立した小田原文化財団。
2021年夏に初めて訪れました。そして1年半ぶりに東日本(首都圏)を訪れた。
藤森照信『五庵』を会期中にどうしても見たくて、関東へ行くならここ寄るしかないよな…と思っていたのが江之浦測候所。しかし残念ながら当日は大雨。なかなかスケール感が伝わりづらい写真ばかりだし、天気が良い日はもっと絶景が楽しめるんだろうけど、そうじゃなくても充分感動…。
“江之浦測候所”という一つの芸術作品、“江之浦測候所”という建築作品、捉え方は色々あると思うけど、公式の解説文にも“作庭”とあるし、雑誌のインタビューで本人も“庭園”と言葉にしているのでここでは“庭園”という文脈で紹介したいと思います。
《人類とアートの起源に立ち返る》をコンセプトに、眼下に相模湾を見下ろす江之浦海岸の高台の景勝地に開かれた江之浦測候所。約1万平方メートルの敷地内にはギャラリー、茶室“雨聴天”、石舞台、海にせり出すような光学硝子舞台、そして古い寺社にゆかりある石造物(灯籠や礎石)や建築(山門)が配された庭園で構成されます。
2020年には春日社、片浦稲荷大明神などのある“竹林エリア”が拡張され開園。
■夏至光遥拝100メートルギャラリー
順路の最初にある、江之浦測候所の中核施設。空中~海へとせり出すようなその直線的な建築が庭園の造形にも影響している。
建物内では写真家としての代表作「海景」シリーズが展示される一方、二等辺三角形のデザインが印象的な枯山水庭園が見られます。建築で使われているのは名石・大谷石、庭園は地元の小松石。
■明月門
そして庭園へ。正門の“明月門”はかつては鎌倉の“あじさい寺”で有名な『明月院』の山門として室町時代に建築されたのがルーツ。
大正時代に関東大震災で半壊状態となったのを機に数寄屋建築家・仰木魯堂により解体・保存され、その後はサッポロビール/アサヒビール創業者・馬越恭平邸⇒東武鉄道を率いた実業家・根津嘉一郎邸へとそれぞれ移築。根津邸をルーツとする東京・青山の『根津美術館』の正門として現代へと至りますが、根津美術館の改築の際に小田原文化財団へ寄贈され、この地へ移築されました。
■石舞台とその周辺
“明月門エリア”の中心にあるのは、お能の舞台の寸法を基本として計画された“石舞台”。その周囲が直線的な園路+伝統的な枯山水庭園の様式が組み合わさった“現代日本庭園”となっています。
飛び石として用いられている“根府川石”は東京の国指定名勝『旧芝離宮恩賜庭園』でふんだんに使われている、東日本の名石。
庭園内に点在している石造物がそれぞれ由緒あるもので、“伽藍道”の石標の立つ枯山水庭園の中の石はそれぞれ奈良・川原寺の礎石、奈良・元興寺の旧域で発掘された礎石、世界遺産『法隆寺』の旧域から発掘され民間へと渡った礎石などから構成(正に伽藍道)。その他にも藤原京の域内の旧家にあった大石橋や奈良の『百済寺』(くだらじ)から移された石橋、京都・嵐山の“渡月橋”の礎石なども。
■円形石舞台
地下通路“冬至光遥拝隧道”を通って100メートルギャラリーの逆側へ進んだ先にあるのが円形石舞台。大名屋敷にあったとされる伽藍石を中央に置き、それを囲むように巨石を立石としたストーンサークル。
■茶室“雨聴天”
箱根の名旅館“奈良屋”から寄贈・移築された“旧奈良屋門”と、一風変わった石造鳥居の間にあるのが茶室“雨聴天”(うちょうてん)。
かつてこの江之浦の地には、豊臣秀吉が小田原攻めの際に千利休に命じて作らせた“天正庵”という茶室があったそう。それにちなんで同じく千利休作の国宝茶室「待庵」の写しとして建築。
そんな伝統を踏襲しながらも、躙り口の沓脱石が直島の『護王神社』と同じようなガラスが用いられているのが面白い。
■春日社~竹林エリア
ここから2020年に拡張された“竹林エリア”。斜面中ほどにある春日社社殿は奈良の国宝寺院『円成寺』の春日堂を採寸し写したもの。(御霊分けされるのは2022年)
現在も蜜柑の香りがするその先には古道具が展示された“化石窟”や竹林を背景とした被爆宝塔(の塔身)、京都・細見美術館を開いた細見古香庵が収集した石仏群、片浦稲荷大明神、杉本博司自身のアート作品“数理模型0010”も。
庭園のプロ/造園のプロに足を運んで欲しい“江之浦測候所”
…ってな感じでだいぶ端折っているけど、見どころたくさん&現在進行形で拡張が進められている江之浦測候所。
点在する石造物の由緒から見ても近年では他に類を見ない規模の“庭園”なのだけど、アートや建築文脈で語られている例はあっても庭園文脈で書かれた文章ってたぶん見たことがない。
個人的に思うことは。文字にすれば“由緒ある”古美術の数々であっても、前庭を潰してカーポートが作られる時代ではそれらを“欲しい”と思う人は少なくなってきている。
実業家が数寄者になることステータスだった時代では無くなっている中で、これらの石造物も近代・昭和のように実業家同士の手を渡り歩くのではなく、『新しい価値を吹き込んでくれる』(活用されることを祈って)現代芸術家の手に渡ってるんだろうなあ、と。
“この人が良いって言うから良いんだろう”という存在がいつの時代だって必要。それが杉本博司であり、時には杉本さんと親交のある櫻井翔さんであったり。
マニア好みではなく、人を選ばず伝えられるポジションの人―—もしかしたら庭園や茶室、石造物においてそのポジションを彼らのような方々が取っていくのかもなあ――と測候所を歩きながら感じた。表現者と同時にキュレーションの才能が感じられる庭園、今後の展開にも期待。
(2021年8月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)