中宮寺Chuguji Temple, Ikaruga, Nara

飛鳥時代に聖徳太子も創建に携わった古刹“旧斑鳩御所”に建築家・吉田五十八の手掛けた寺院建築。国宝の御本尊も。

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“旧斑鳩御所”中宮寺について

「中宮寺」(ちゅうぐうじ)は聖徳太子や母・穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の勅願により創建されたと伝わる古寺。
現在建つ本堂は近代数寄屋建築家・吉田五十八の設計。創建と同じ飛鳥時代に作られた御本尊“木造菩薩半跏像”が国宝となっています。モナリザ、スフィンクスと並ぶ世界三大微笑像の一つ。

2020年夏、実はまだ行ったことなかった世界遺産『法隆寺』を初めて訪れました。…でも目的はどちらかと言うとこちら。吉田五十八建築が見たくて!
1968年(昭和43年)のこの本堂は、高松宮妃喜久子殿下の発願により造営されたもの。創建以来の尼寺であることをイメージして、本堂の池泉周辺には黄金色の山吹が多く植わっています。今回訪れた夏は緑の風景だけれどーー春に訪れたらまた朱色の本堂との組合せに違った印象を受けるんだろうな。

この本堂、完成から50年が経過し修復が必要な時期となったためクラウドファンディングがはじまりました。

第一期「奈良・中宮寺」本尊を守る本堂改修プロジェクト

修復期間は2020年冬から。またそれを機に国宝“意輪観世音菩薩”が宮城・宮城県美術館や福岡・九州国立博物館で行われる『奈良・中宮寺の国宝展』に出展されるそう。この場で見るならお早めに。

現在は法隆寺と隣接している中宮寺ですが、創建当初は現在地より東の「中宮寺跡公園」の地にありました(国指定史跡)。“斑鳩宮”を中心に西に法隆寺、東に中宮寺が建てられた格式の高さをほこりましたが、法隆寺とは対照的に徐々に衰退し室町時代〜戦国時代にかけて火災にあい焼失。

江戸時代に入り1602年(慶長7年)に伏見宮家から尊智女王(=慈覚院宮?)を迎え、法隆寺の子院のあった現在地に門跡寺院として再建。それ以後も伏見宮家後西天皇の内親王といった皇女が入り、尼門跡・斑鳩御所として明治時代〜現代へと至りました。奈良『法華寺』などと並び大和三門跡寺院の一つに数えられます。

ご本尊以外にも、「天寿国曼荼羅繍帳」を所蔵(展示されているのは複製)、そして入場してすぐの場所にある表御殿も江戸時代の建造物として国登録有形文化財となっています。

(2020年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR大和路線 法隆寺駅より徒歩20分強
法隆寺駅より路線バス「中宮寺前」バス停下車 徒歩9分
※近鉄郡山駅から中宮寺東口バス停利用も。

〒636-0111 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1丁目1-2 MAP