
古く平安時代に『古今和歌集』にも詠われた、京都・洛東の紅葉の名所。多くの重要文化財の絵図も見所。
永観堂禅林寺について
「永観堂」(えいかんどう)の通称で知られる「禅林寺」は平安時代に弘法大師空海の弟子・真紹僧都が開いた寺院。京都の紅葉の名所として知られます。
2019年11月に5年ぶりに訪れました!前回、初めて訪れたのはド年末。一つ「これ」という庭園があるわけではないのでそれ以来訪れておらず――紅葉の名所と知ってからも、あえて人が多い場所・時期に訪れることは無いなぁ…なんて思っていたけど…好奇心が勝った。紅葉のピークが少し去った11月の末に訪れました!人めっちゃくちゃ多かったけどやっぱ紅葉って良いもんです。
お寺の歴史についてサラッと。真紹は853年に貴族・文人の藤原関雄が山荘を構えていた地を購入。なおこの地が古くから紅葉の名所だった――と言われるのは、この藤原関雄が『古今和歌集』でモミジに関する詩を詠んでいるため。
清和天皇から許可を得て正式に禅林寺となるのは10年後、863年のこと。その後鎌倉時代には永観律師(えいかんと読むと思いきや“ようかん”)の下で順調に発展を遂げます。中世には応仁の乱で伽藍を焼失するもその後も順調に復興。現在は浄土宗西山禅林寺派の総本山という大寺院になりました。
歴史ある寺院なので国宝・国指定重要文化財含む多くの文化財の絵画・仏像を所蔵しています。中には長谷川等伯や狩野元信の作品とされる絵図も。一方で伽藍は最も古い釈迦堂(方丈)が室町時代の建築、本堂である阿弥陀堂も江戸時代初期の建造物ですが、それぞれ国指定ではなく京都府指定文化財。
方丈と唐門(こちらも府の文化財)の間にある盛砂は“勅使門盛砂”と言って、勅使の方がこの門から入られた後に身を清めるために用いられたそう。そのようなデザインの枯山水庭園――ではなく実用的なものだったのね。
日本庭園らしい雰囲気が感じられるのは方丈から眺められる枯山水庭園と、境内の中心にある“放生池”。こちらも紅葉が映り込む姿と東山の借景、そして多宝塔や本堂の眺めが美しい。その放生池から小川が流れ、その周りを真っ赤な紅葉が染める――ベタですが苔の上に落ちた紅葉はやはり美しかった!また新緑の季節にも訪れてみたい。
(2014年12月、2019年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)