由志園Yushien Garden, Matsue, Shimane

門脇栄が作庭した山陰・島根を代表する日本庭園の一つ。春の“三万輪の池泉牡丹”や季節の庭園ライトアップも。

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日本庭園 由志園について

「由志園」(ゆうしえん)は『足立美術館』と並ぶ山陰/島根/西日本を代表する現代の日本庭園で、松江の観光名所の一つ。牡丹の名所として毎年春にはその池泉回遊式庭園が一面の牡丹で彩られる“三万輪の池泉牡丹”も開催。
また秋の紅葉ライトアップのみならず、四季に応じてサマーイルミネーション/クリスマスイルミネーションなどの庭園ライトアップを開催。今回は紅葉のライトアップの写真も少し。

2020年11月、9年ぶりに訪れた松江市。その足で初めて訪れました!SNS上でも知人にも「由志園は載ってないのね」と言われていた由志園。ようやく。実はニアミスしたことはあって…その9年前、松江⇒境港への路線バスに乗って境港へ移動したんですよね。その時バスが停まったことはよく覚えてる。でも当時は知らなかったからスルーした…。

それもそのはずと言うか、由志園は島根県の観光動態で見比べると10年前と比べて来場者が1.5倍になっている。なのでとっくにこの庭園が素晴らしいということは知れ渡っていると思うけど…期待以上に素晴らしかった。

その歴史について。1967年(昭和42年)、当時はまだ陸続きではなく中海に浮かぶ島の一つだった大根島の観光開発を目的として、初代園主・門脇栄が1台のブルドーザーで造園に着工。元は亡き父・門脇由蔵が夢見志した庭園だったことから“由志園”と名付けられ、1970年(昭和45年)に晴れて開園。その後も徐々に増築され、現在ではその広さ1万2千坪、4万平米。

その広大な池泉回遊式庭園は出雲地方の自然を表現したもので、その池泉は中海や宍道湖、大きな築山は大山(伯耆富士)を模したもの。また火山の噴火によってできた大根島の地質を活かした“溶岩庭園”や“竜渓滝”では、2020年話題となった『鬼滅の刃』の聖地の一つで国指定名勝『鬼の舌震』が表現されています(*鬼の舌震も後日紹介)。

名物である“牡丹”について。江戸時代中期、大根島にある全隆寺の住職が遠州・秋葉山から持ち帰り薬用として境内に植えたのが最初とされます。
先に書いたように溶岩でできたこの大根島は水田・農地が少なく、一方で土質のあった牡丹の栽培が盛んになると島の女性は牡丹を背負い全国へと行商に出掛けるようになりました。京都の“大原女”“白川女”。生活のための地道な行商の末、現在ではこの大根島が日本一のシェアをほこります。

“三万輪の池泉牡丹”は別に“映えのため”に生まれたものではなく、その土地の歴史でもって生まれたものだったんだな…更に、一般的に見頃を迎える春以外にも一年中牡丹の花が楽しめるようにと、日本を代表する庭園デザイナー・石原和幸さんによって室内庭園『牡丹の館』も造営。今回11月でも花咲く牡丹が見られました。

由志園を訪れて感じたのは、“庭園の美しさ”だけが価値ではないということ。勿論、専任の庭師によって管理されている庭園も美しい。それが大前提で――広大な庭園の中には食事処「禅」「紅葉」、日本料理「竹りん」、料亭「菖蒲」、茶房「一望」と食事できる場所がいくつもあって。

そして結構衝撃的だったのはイルミネーション。なんというか…「由志園の競合はディズニーやUSJなのではないか」と思った。遠くへの旅行が憚られる時期でも、由志園に行けばいつでも“有名観光地へ旅行へ行った”気分を味わえそう。広い園内を歩いて楽しめるから老若男女問わない。子供も。

園内にある『雲州人蔘ミュージアム』についても。これは大根島が牡丹と並んで高麗人参(雲州人蔘)の生産地としても有名なところから2013年に完成したもの。
なお高麗人蔘の栽培・生産を推進したのは松平不昧こと松江藩七代目藩主・松平治郷。大名茶人だっただけじゃない。幕末には海外の輸出品の一つとなり、雲州人参は世界にも知れた存在に。その後松江の中でも大根島にだけその栽培地が残り、現在では日本国内で3箇所のうちの1つという農業遺産に。

まさに“街全体の想いが集った庭園”。100年先、200年先と残り続けるために必要なのはこうした一人でも多くの人の支えだと思うので。本当に素晴らしい。次回は池泉牡丹を見に訪れたいなー!

(2020年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陰本線 松江駅・JR境線 境港駅より路線バス「八束町・由志園入口」「由志園」バス停下車 徒歩2〜4分

〒690-1492 島根県松江市八束町波入1260-2 MAP