重森千靑作庭の石庭を含む3つの現代の枯山水庭園から構成される“四神の庭”。例年、秋に特別公開。
東福寺 一華院庭園について
【通常非公開/秋に特別拝観】
「一華院」(いっかいん)は京都を代表する寺院の一つ『東福寺』の塔頭寺院。庭園は通常非公開(御朱印のみ受付)ですが、秋には重森千靑さん作庭による“彷彿石庭”“虎靠山の庭”および前住職が作庭された“依稀松庭”という複数の枯山水庭園が特別公開されます。2020年秋に初めて拝観しました。
南北朝時代の1382年(永徳2年)に遠江国出身で南禅寺や東福寺の住持をつとめた東漸健易禅師により創建。“一華院”の名は禅宗の開祖・達磨大師が詠んだという禅の教えの一部分(〜一華五葉を開き、結果自然に成る。〜)から来ているそうで、東漸禅師の残した書物には「一華東漸和尚語録」というものも。それ以降、戦国時代〜江戸時代の情報はあまりない…。
本堂を取り囲む形で南庭・西庭・北庭と3つの枯山水庭園があり、これら3つを総称して『四神の庭』と呼びます。
主庭となる一面の苔庭が南庭『依稀松庭』(いきまつのにわ)。歴史がありそうな庭だけど1981年(昭和56年)の作庭と意外と新しい。庭の中央にある長い枝ぶりが目を引くクロマツを、四神の一つであり伝説の神鳥“朱雀”に見立てたもの。背後のサツキの刈込は山々を表し、その前方を朱雀が飛んでいる風景がこの庭の中で描かれています。
そして作庭家・重森千靑さんの手掛けられた二つの庭へ。まずは南庭から連続している苔庭・西庭『虎靠山の庭』(ここうざんのにわ)。2018年4月に作庭されたばかりの最も新しい庭。その石組みで四神の一つ・白虎による“虎の子渡し”を表現したもの。
そして北庭『彷彿石の庭』(ほうふつせきのにわ)。2016年10月作庭のこの庭園は白砂の中に3つの異なる色の島が浮かぶ現代的なデザインで、『真如堂“随縁の庭”』のような“重森千靑スタイル”が感じられる庭園。手前の島が四神の一つ“玄武”を表したもので、その向こうが鶴亀島・最奥が蓬莱島と蓬莱山となっていて、その合計の石数は七五三の十五石となっています。
この庭園の西側には、祖父・重森三玲さんが作庭した庭園のある『東福寺 霊雲院』があります。あわせてチェック。
(2020年11月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)