天理教名古屋大教会(旧玄々荘)庭園

Tenrikyo Nagoya-daikyokai Church Garden, Owariasahi, Aichi

国登録有形文化財“どうだん亭”と同じ近代和風邸宅『玄々荘』がそのルーツ。歴史的な和風建築群と近代数寄者好みの回遊式庭園。(通常非公開)

庭園フォトギャラリーGarden Photo Gallery

天理教名古屋大教会庭園について

【通常非公開/特別公開あり】
「天理教名古屋大教会」(てんりきょうなごやだいきょうかい)は明治時代中期、1895年(明治28年)に設立された天理教系列の教会。
現在の敷地一帯は隣接する『どうだん亭』(満天星亭)と同じく近代名古屋の貿易商・浅井竹五郎の邸宅『玄々荘』がルーツで、その面影が感じられる、茶室、庭園などが残ります。

通常非公開ですがどうだん亭の一般公開と合わせて庭園が特別公開。2022年春に初めて訪れました。そして純粋に庭園として見れば、「眺望×自然×茶の湯」というとっても素晴らしい近代数寄者好みの庭園空間…!

名古屋市の東部に位置し、名古屋と日本六古窯“瀬戸焼”の産地として有名な瀬戸の間にある尾張旭市。どうだん亭の前身『玄々荘』を構えた浅井竹五郎は名古屋を拠点に陶磁器輸出業で成功を収めた実業家であり、昭和の有名陶芸家・加藤唐九郎らを支援した数寄者でもありました。

『玄々荘』の造営がはじまったのは戦前の1940年(昭和15年)。『どうだん亭』が江戸時代中期の飛騨の合掌造民家を移築して離れにしたものであるのに対し、この教会の高台部に残る『こふき亭』は飛騨高山にあった武家屋敷がルーツなのだとか(のような建築)。同じようにこの地に移築され主屋&名古屋の財界人やアーティストとの交流場として用いられたそう。
庭園特別公開では建築内部は見ることができませんが、教会Instagramの投稿に写る内部の意匠がまさに贅を尽くした近代和風建築…。

戦後の昭和中期以降に浅井家の手から離れ、やがてその半分の敷地を天理教が取得。いくつかある建造物のうち、敷地入って正面に見える立派な唐門と唐破風屋根が特徴的なお堂は京都・神宮丸太町の『河原町大教会』から移築された旧教祖殿なのだとか。(同じく河原町大教会から東海地方に移築された建造物としては西尾市の『旧近衛邸』があります)

旧教祖殿周辺の庭園は移築の際に整えられたものだと思うけれど、こふき亭〜林の中にある待合・茶室、そしてもう一つの平家建て和風建築、そしてそれらを結ぶ庭園は各地の有力実業家/数寄者の別荘らしい自然と地形を存分に活かした大きな茶庭/露地庭園。こふき亭への石段、茶室前のカラフルな石畳(あられこぼし)、そして京都の銘石“加茂の七石”がふんだんに使われた…など、京都・近畿圏の別荘庭園との関連性も感じられる。

天理教の教会には彦根藩家老の屋敷地に昭和の代表的な庭園家・によって築かれた『天理教彦根分教会庭園』をはじめ文化財的な価値がありそうな庭園が幾つかありますが、この名古屋大教会の庭園もその一つ。「どうだん亭」の特別公開と合わせてチェックしてみて。

(2022年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

名鉄瀬戸線 印場駅より徒歩10分
印場駅よりコミュニティバス「どうだん亭」バス停下車すぐ

〒488-0845 愛知県尾張旭市霞ケ丘町292 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
PICK UP / COLUMN
最新の庭園情報は約10万人がフォローする
【おにわさん】のSNSから。