田村酒造場庭園Tamura Sake Brewery Garden, Fussa, Tokyo

“嘉泉”で知られる江戸時代から続く酒蔵の、玉川上水からの分水路を活かした庭園。国登録有形文化財。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

田村酒造場・旧ヤマジュウ田村家住宅について

【酒蔵見学は要予約】
「田村酒造場」(たむらしゅぞうじょう)は福生で江戸時代末期から続く酒蔵で“嘉泉”の銘柄が有名。文政・文久年間に建造された酒造蔵・前蔵・雑蔵、大正時代に組まれた石垣、昭和前期に建てられた旧水車小屋及び脇蔵が国登録有形文化財となっています。
またすぐ近くにある同じく国登録有形文化財の『旧ヤマジュウ田村家住宅』もあわせて紹介。

2019年7月、初めて福生に行きました。福生といえば米軍基地と異国の雰囲気ただようベースサイドストリート…というイメージなのですが、福生駅の西側には多摩川とそこから分水した玉川上水の上流が流れていて『石川酒造』とこの『田村酒造場』という大きな酒蔵が2つあります。

で、地図で見るとどうやら2つとも庭園があるぞと…。石川酒造は庭園は完全プライベートスペースで見学できないことがわかったので(でもこちらも6棟が国登録有形文化財。クラフトビール飲み比べコースは普通に行きたかった)、庭園見学体験者もいるっぽい田村酒造の酒蔵見学へ!公式には10名以上から受付とされていますが、都合があえば?個人予約も可能でした。

なお結論から言うと、田村酒造も“日本庭園”の見学はできなかった。のですが、自分が訪れた後日にエクスペディアで紹介されていたこの記事では私有地のお庭も見たと書かれてるんですよね。羨まし…。

■田村酒造場
田村家は代々福生村の名主をつとめていた旧家。幕末の1867年(慶応3年)には現在もすぐ隣を流れる玉川上水から取水権を得て自宅敷地内に引き入れ、“田村分水”として田村家のみならず周辺地域の生活用水・田畑の農作などに用いられました。
造り酒屋を興したのは9代目・田村勘次郎。この自宅敷地内で井戸を掘りあて、これを“よきいずみ”として酒銘を“嘉泉”と命名。その井戸水は現在も湧き仕込み水として利用されています。なお現在は16代目。

酒蔵見学では創業以来もっとも古い建物である煉瓦の煙突が目印の酒造蔵(1822年頃完成)をはじめ、樹齢800年というケヤキの大木、2016年に天皇皇后両陛下(現在の上皇・上皇后様)が行幸啓された際に迎え入れた主屋の玄関、そして田村分水口と行幸啓の碑などをご案内いただきました。

田村家の私邸の庭園は見学できませんでしたが、旧水車小屋~田村分水の水路あたりも芝生が広がりつつ石組や植栽は和風といった和洋折衷の庭園になっています。イヌマキ?がものすごく大きく水路にかかるマツの風景がとても良い。こういう水路好きなんですよねー。

■旧ヤマジュウ田村家住宅
田村酒造場から徒歩3分ほどの場所にあるこの建物は、1902年(明治35年)に田村家から分家した“ヤマジュウ田村家”の邸宅だった和風建築。主屋のほか土蔵など3棟が国登録有形文化財となっています。ヤマジュウは屋号の記号のこと。

ヤマジュウ田村家は福生郵便局を開設したり電報電話業務・電話交換業務などで近代化へ進む福生の発展に貢献。先の田村家とはまた違う虫籠窓のある近代和風住宅が残されていて、電話業務を行っていたという部屋も。平成25年に福生市に寄贈され現在は文化施設として無料で一般公開。庭園、ってほどのものではないけど、“庭があったんだろう”というスペースには少しだけ植栽が残されています。
あとヤマジュウ田村家の向かいにある「純福音福生教会」がレトロな近代建築で郵便局っぽさがあるんだけど、これも田村家ゆかりの建物なのかなー。

またこのヤマジュウ田村家前を通り玉川上水へと至る道路は宿橋通りと呼ばれ、多摩地域から日光街道へと通じる道として江戸時代の絵巻にも書かれているそう。ゆるいカーブがかつての街道といった雰囲気ある。
なお東京に残る酒蔵は9つ。そのうち2つが福生の田村酒造場・石川酒造なのだから酒蔵目的・レトロ建築目的で福生散歩、隠れた東京の散歩スポットとして!

(2019年7月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR青梅線 福生駅より徒歩10分
福生駅路線バス「永田橋」バス停下車 徒歩4分

〒197-0011 東京都福生市大字福生626 MAP