高野長英旧宅Former Takano Choei House, Mizusawa, Iwate

水沢伊達氏の城下町に残る、国指定重要文化財の近代和風建築『旧高橋家住宅』と国指定史跡の高野長英の旧宅。“古稀庵”の庭園も。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

高野長英旧宅・旧高橋家住宅について

【通常非公開】
「高野長英旧宅」(たかのちょうえいきゅうたく)は城下町水沢に残る、江戸時代後期の著名な医者/蘭学者・高野長英が少年期に過ごした旧宅。。また隣接する武家屋敷『旧高橋家住宅』は国指定重要文化財となっており、いずれも例年4月29日の“日高火防祭”の際に特別公開(高橋家は外観のみ)されます。(2020年は中止)

2019年4月に初めて水沢の城下町を訪れました。城下町といえば武家屋敷、武家屋敷=“庭園”と名前についていなくてもだいたい何らかのお庭がある。
で、水沢では毎年4月29日に江戸時代に城主の伊達宗景公により始められた“日高火防祭”という大きなお祭りがあります(岩手県無形民俗文化財・2020年は中止)。そして例年このお祭りにあわせて非公開の武家屋敷も公開されるということで、アラバキの翌日は平泉などに寄りながら水沢へ。
なお『奥州市武家住宅資料館』は年間を通じて公開されています。

まず国指定重要文化財の『旧高橋家住宅』。高橋家は水沢伊達家(留守家)の大番士を務めた家臣。現在残る建物は明治時代以降に建てられたものが中心で、主屋・表門(薬医門)・蔵座敷・東板倉・西板倉・金庫蔵・土蔵の7棟が重文の対象。唐破風の玄関をはじめ重厚な旧武家住宅がその格式の高さを感じます。現在も居住されているようなので内部を見れませんが、内部の意匠も素晴らしいらしく東北の近代和風建築の中でも評価が高いとか。保存され続けてほしい建築。

そして隣接している…というか、同一敷地内にある(高橋家の所有なのかな…?)のが『高野長英旧宅』。杉田玄白に学んだ父の影響を受け医学・蘭学の道を志し、水沢を出た後は長崎でシーボルトに学んだり、幕府批判で江戸を追われ宇和島藩主・伊達宗城に匿われたりしながら、死後は勝海舟の筆により碑が立てられたりと幕末の思想にも影響を与えた高野長英。

この旧宅は高野長英が17歳までを過ごした場所(~1820年頃)。建物は1876年(明治9年)に改築されたため当時の建物が現存しているわけではないそうですが、その一部として長英の過ごした上座敷・次座敷が残されています。この改築部分が良くって…。冒頭の写真の障子やガラス戸、欄間や増築された二階の明り取り窓の意匠など、とてもおしゃれ。

そして昭和6年に増築された建物と庭園が『古稀庵』。高野家の12代目・高野長経が父・長雲の古稀を祝って建築したもの。すごくきれいなお庭…とは言えませんが、大きな石を配した枯山水庭園が残っています。飛び石もそうだけど、丸い川石が多用されている点は『奥州市武家住宅資料館』の内田家や後藤新平旧宅と共通する点。

旧宅から南へ徒歩10分程の場所に『高野長英記念館』もあります。あわせてどうぞ!

(2019年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR東北本線 水沢駅より徒歩10分
東北新幹線 水沢江刺駅・水沢駅より路線バス「日高神社入口」バス停下車 徒歩3分

〒023-0802 岩手県奥州市水沢大畑小路7 MAP