住友活機園Sumitomo Kakkien Garden, Otsu, Shiga

世界遺産“苔寺”に見間違う美しい苔空間…住友財閥二代目総理事・伊庭貞剛が晩年を過ごした近代別荘と自ら作庭した庭園。国重要文化財。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

住友活機園(旧伊庭家住宅)について

【通常は一般には非公開/年1回程度、予約制特別公開あり】
「住友活機園」(すみともかっきえん)は住友グループ/住友財閥の二代目総理事をつとめた伊庭貞剛が明治時代後期に建築した邸宅を保存し、普段は『伊庭貞剛記念館』として住友グループ向けに運営されている施設。「旧伊庭家住宅」として洋館・和館・新座敷・正門・東蔵・西蔵と庭園を含む土地が国指定重要文化財となっています。

現在も住友グループの所有で(所有:住友林業、管理:住友不動産)、通常は“住友各社職員及びその同伴者”のみ予約制にて見学(や研修・会合での利用)が可能。
一般の方向けの公開は年1回程度――だけど2020年・2021年は未開催。2022年の3年ぶりの特別公開に幸運にも機会をいただき、初めて訪れました!

で、のっけから冒頭の「これ入っていいの?」と思ってしまう苔むした美しいアプローチ――どれかと言えば洋館が注目されがちだけど、庭園の苔の美しさも世界遺産『西芳寺』級…!なお見学時は建築の外観の写真のみ可能なので、期せずして庭園中心に紹介します。

まず伊庭貞剛について。&国指定名勝の『旧広瀬邸』の住友初代総理事・広瀬宰平の甥にあたり、宰平の勧めで住友に入社するとビジネスマンとして頭角を表し、大阪本店支配人のほか紡績会社(後の東洋紡)、商船会社の設立にも関与。衆議院議員を経験した後に別子銅山の支配人に、そして宰平の後を継いで二代目の総理事となりました。

総理事になった後も住友銀行(現・三井住友銀行)、住友伸銅場(現在・住友金属、住友電工など)、住友倉庫などの各社を設立。文字通り住友グループの歴史を築いたひとり…。

中でもこの邸宅・庭園と関連性が深いのは現在の住友林業にあたる「別子銅山山林課」の設立者でもある点。開発が優先され、ハゲ山となり荒れていた別子銅山を《別子全山を旧のあをあをとした姿にして、之を大自然にかへさねばならない》として植林事業をスタート。

そして58歳で引退し、終のすみかとして生まれ故郷の近江国の大津・石山の小高い丘の上に造営されたのが『活機園』。和館・洋館ともに覚えきれないぐらい「一級もの」の銘木・良材が使われているのですが、近隣の中には別子から餞別で送られたものも(近い所では京都の北山杉も)。

別世界に迷い込んだような苔のアプローチを経て、芝生が広がる洋館の前庭へ。洋館・和館が建築されたのは1904年(明治37年)。ハーフ・ティンバーの瀟洒な洋館の設計は『大阪府立中之島図書館』等を手掛けている野口孫市の設計、数寄屋風の和館は『旧広瀬邸』の大工棟梁でもある八木甚兵衛による設計。両者にとっても代表作…とも評されます。

興味深いのは洋館・和館ともに近代の建築の見所の一つでもある“煌びやかな意匠”は多くなく…あくまで終のすみかとして日常的に暮らすシンプルな意匠で統一されていること。
…と言ってもそれはコスト的な話ではなく、さほど大規模な修繕をせずに100年もつ程「パーフェクトな木材、パーフェクトな職人の仕事」が施されていて、そこにこの邸宅の“贅”が詰まっている。

そして庭園について。残念ながら庭園は最盛期の1/5程度に縮小されており、その主な理由は敷地のすぐ南を通る東海道新幹線と高速道路に敷地を譲ったため。冒頭の美しい苔のアプローチのほんの2〜3メートル横で同じ高さをビュンビュンと新幹線が通過している。
それを“風情がない”と言う人も居るかもしれないけど…“俺んちの自宅の中を新幹線が通ってるんだぜ、すごくない?”というスケールのデカさの方を感じられる一級品の別荘。

洋館のバルコニーからは南方に国宝・石山寺が麓にある伽藍山が美しくそびえる。また洋館2階からはかつて“近江八景”の全てが見渡せたそう。現在も眼下には瀬田川と瀬田の唐橋を、左手には比良山系を見渡せたけれど(八景じゃないけど“近江富士”伊吹山も)、現代には真北の方角に高層マンションが建っているので琵琶湖の“堅田落雁”や“唐崎夜雨”はのぞめない。

和館の広間の前に広がるのは、一面の苔と枝垂れたモミジの新緑が美しい庭園(雰囲気が見たい方は住友グループの紹介サイトを)。池泉や築山はないこのシンプルな庭園は伊庭貞剛自らが好んで植え、手入れをした庭木によって構成。『旧伊庭氏庭園』みたいな感じで文化財にはなってないけど、国指定重要文化財の指定範囲には“庭園”も含まれている。

手渡された資料には記載がなく、また案内でも語られず、住友グループの《住友活機園 庭編》でもふれられていないのだけど、館内のパネルには《貞剛翁は活機園に京都の名庭師・小川治兵衛(植治)をこの庭園に招いた》時のエピソードが少し書かれていて…。
メモも取れなかったのでざっくり記憶したことを書くと、「貞剛翁は植治に“この庭園どうよ、ぶっちゃけ自信あんま無いんだけど”と意見を求めた」「植治は“いや自信持ってください、これは100年後・200年後に名庭園の仲間入りしてますよ”と言ってくれて嬉しかった」的な、庭園目線ではすっげー重要な話が。

このエピソードの通り、植治は招かれただけで庭園の作庭には関与はしていないのだけど、大正時代に伊庭貞剛の次男・伊庭簡一により設計された新座敷にある“複数の石をセメントで固めた沓脱石”は京都の植治の庭園でよく見られる意匠。新座敷増築の際の一部だけ関わっていたりするのかな…。
そして作庭された時だけでなく、100年経ってこの美しい苔庭の空間へと育った。間違いなくこれは“京滋の名庭園の一つ”!

あと松下村塾出身で長州藩・毛利家の茶室の保存に尽力した品川弥二郎と非常に仲が良かった…らしいけどそのきっかけは語られなかったので気になる。
また資料や案内にはなかった所で…伊庭貞剛ご本人による書が多く掲げられる中で、しれっと山口誓子《霧の湖 琵琶の形と 思ひ見る》と言う書が。聞いたら伊庭貞剛と山口誓子は親戚なんだそうな。マジか。…などなど約1時間の見学も盛り沢山。2022年ベストの一つになりそう。

なお数年前に訪れたヴォーリズ建築『旧伊庭家住宅』もこの伊庭貞剛と四男・伊庭慎吉による邸宅。紹介文を一言しか書いていない(笑)のだけど、再訪してちゃんと書き直したい…。

(2022年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

京阪石山坂本線 唐橋前駅より徒歩6分
JR琵琶湖線 石山駅より徒歩15分

〒520-0852 滋賀県大津市田辺町10-14 MAP

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