
デヴィッド・ボウイが愛した枯山水庭園――比叡山の借景も美しい、小堀遠州作庭と伝わる“獅子の児渡し”庭園。
正伝寺庭園について
「正伝寺」(しょうでんじ)こと吉祥山 正伝護国禅寺は臨済宗南禅寺派の寺院。比叡山を借景とする枯山水庭園の作庭は小堀遠州と伝わり、デヴィッド・ボウイが愛した庭としても知られます。京都を代表する借景庭園の一つで、京都市指定名勝。
2019年~2020年にかけて秋・初夏・冬(雪の日)と季節ごとに拝観。雪の正伝寺の写真を追加!
正伝寺の創建は鎌倉時代の文永10年(1273年)。当初は烏丸今出川付近に建立されたそうですが、約10年後の弘安5年(1282年)に現在の地・洛北西賀茂に再建されました。室町時代には後醍醐天皇の勅願寺となり興隆――するも応仁の乱により荒廃。
その後江戸時代初期に徳川家康の庇護を受け再興。国指定重要文化財となっている本堂(方丈)は『南禅寺金地院』から移築されたもので、それ以前は伏見桃山城の本丸御殿の一部だった建物とされます。その当時に狩野山楽一派により描かれたと推定されている淡彩山水図の障壁画も国重文。
また廊下の天井は“血天井”と言われ、徳川家康の家臣の中でも有名な鳥居元忠が関ヶ原の戦いを前に伏見城で石田三成軍に敗れ自刃した痕跡が残るそう。ちなみに近隣の『源光庵』にも血天井があります。
その方丈の前に広がる白砂とサツキの刈込のシンプルな枯山水庭園の作庭は小堀遠州作庭と伝わります。同じく伝小堀遠州の『南禅寺方丈庭園』の“虎の子渡しの庭”に対して、こちらは“獅子の子渡しの庭”。
刈込により表現されている七・五・三と、借景の比叡山が素晴らしい!今回訪れた季節では勅使門?側の紅葉が美しかったし、春には枝垂れ桜が美しい姿を見せてくれます。そしていつかサツキの花が満開の時にも見たい。
ちなみに…方丈が移築された年代が、正伝寺の公式だと承応2年(1653年)、お寺の前に建つ看板では寛永年間(1624〜1644年)。この庭園は方丈の移築に伴って作庭されたと考えると…1653年だと小堀遠州は既に亡くなっている。
移築元の金地院には小堀遠州作という記録がちゃんと残る枯山水庭園がある――元々は金地院の中に作庭したものをこの地に写した――みたいなこともあるのかな。だとすると“虎の子渡しの庭”と“獅子の子渡しの庭”が「別に最初から離れてたわけではない」とも思えるし。
そしてこの借景の取り入れ方が別に遠州によるものじゃないにしても、その時作庭に携わった方のセンスに大拍手。なお現在の姿は昭和年代によって重森三玲によって修復を後の姿になります。
人で賑わう『金閣寺』『大徳寺』からは自転車で10分ちょっと。京都の市街地から距離がある分、一気に観光者の姿も無くなり――風や鳥や山の音を聴きながら静かにお庭を眺めることができます。
ロック・スターとして様々なものを背負い・追われていたボウイも、少しでも逃れたい何かがあって、洛北のこの地を訪れていたのかな――。元々自分の周辺はロック・フェス好きが多いので、京都のオススメの庭園を聞かれたら大体ここを答えます。喧騒の京都から逃れたくなったらここへ。
(2016年2月、2019年12月、2020年5月・6月・12月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
北大路駅・出町柳駅より路線バス「西賀茂車庫」「神光院前」バス停下車 徒歩10分
京都市営地下鉄烏丸線 北大路駅より約3km
〒603-8847 京都府京都市北区西賀茂北鎮守菴町72 MAP