
戦国大名・毛利輝元と“落語の祖”茶道安楽庵流の祖・安楽庵策伝が開いた寺院。織部好みの茶室“策伝庵”を囲む美しい庭園。上田宗箇ゆかりの“宗箇松”も。
誓願寺庭園について
【前庭は自由拝観/庭園の奥部分はお寺の都合をご確認の上】
「紫雲山 誓願寺」(せいがんじ)は広島市中心部の北西部に位置する三滝山(宗箇山)の麓に位置する浄土宗西山深草派の寺院。戦国大名・毛利輝元の命を受け、“落語の祖”とも言われ茶人でもある高僧・安楽庵策伝により開かれた寺院。策伝ゆかりの茶室や庭園、大名茶人・上田宗箇ゆかりの「宗箇松」(現在は四代目)などがあります。
広島市内の紅葉の名所やハイキングコースとして地元の方に知られる三滝山。一般的な「広島の観光スポット」としての知名度は低いかもしれませんが、実は海外(欧米)の観光客が多く訪れています。その代表的な寺院『三瀧寺』(重森三玲の庭園が残る)に向かう途中に位置するのがこの誓願寺。
その歴史について。創建は桃山時代の1590年(天正18年)、安芸国の大名・毛利輝元と京都・浄土宗西山深草派の高僧・安楽庵策伝により毛利家の菩提寺として開かれました。元々は現在『広島平和記念公園』のある一帯に開かれ、七堂伽藍を有し“広島の三大伽藍”に挙げられる広大な寺院だったそう。
戦前まではその場所で続いていましたが、1945年の原爆投下によって全て焼失、文字通り灰燼に帰してしまいます。
現在地に再建・移転されたのは1963年(昭和38年)。本堂脇から続く池泉庭園も、その池の先にある茶室「策伝庵」(非公開)もその際に再建されたものなので、「江戸時代当時のもの」ではないのですが、お庭は鯉泳ぐ美しい姿を見せてくれています。なお室町時代作のご本尊は幸運にも焼失を免れ、現在も安置されています。
このお寺のキーマン、安楽庵策伝について。京都の浄土宗本山で活躍した高僧ですが、“落語の祖”とも言われ、茶人としても古田織部に師事。飛騨/美濃の大名・金森家の出身で大名茶人・金森可重、金森宗和とは親戚、小堀遠州や松花堂昭乗とお茶仲間だったそうなので、広島のこのお寺においてはきっと上田宗箇とも交流があったのだろう(宗箇の子の位牌が残るそう)。
昭和時代中期に作庭(再建された庭園)は本堂・客殿の間に位置する縦長の池泉鑑賞式庭園。その間を回廊が通っていて、回廊から手前側は自由拝観、回廊より先(滝石組、茶室・書院外観など)はお寺さんの都合が良ければ見学可。よくお手入れされたマツ、ツツジ、サツキ、苔が美しいお庭。池の先に見える茶室「策伝庵」は織部好み、そして策伝好みの三畳台目の茶室で、傍に織部灯籠が配されています。
境内や庭園には先述の上田宗箇ゆかりの「宗箇松」(現在のものは1998年に移植された四代目)や、山口県の国指定文化財『毛利本家』から誓願寺再建を記念し贈られた「昭和天皇お手植えの松」、そして浄土宗開祖・法然上人お手植えのイチョウ(誕生寺より枝分け)なども。桃山時代の武将や茶人ゆかりの寺院、立ち寄ってみて。
(2024年6月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
JR可部線 三滝駅より徒歩15〜20分
JR山陽新幹線 広島駅より路線バス「三滝観音」バス停下車 徒歩5〜10分
JR横川駅より約2km(徒歩25〜30分)※広島市内には「ぴーすくる」というシェアサイクルがあります。
〒733-0802 広島県広島市西区三滝本町1丁目17-1 MAP
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