龍洞院庭園

Ryutoin Temple Garden, Ishinomaki, Miyagi

鎌倉時代〜戦国時代に奥州/石巻を治めた戦国大名・葛西氏。15代目・葛西晴胤の叔父が桃山時代に創建した禅寺の、歴史を感じる池泉鑑賞式庭園。

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龍洞院庭園について

「坊澤山 龍洞院」(りゅうとういん)は宮城県石巻市にある曹洞宗の禅寺。鎌倉時代〜室町・戦国時代にかけて奥州(陸奥国)の三陸側を支配した大名・葛西氏ゆかりの寺院で、所蔵する「葛西椀」が石巻市指定文化財。境内には池泉鑑賞式の庭園があります。石巻・牡鹿三十三札所霊場第29番札所。

宮城県で2番目の人口を有する地方都市・石巻。海辺の景観やレトロな町並み、『石ノ森萬画館』を筆頭に漫画家・石ノ森章太郎さんゆかりの作品が点在する観光地でもありますが、古く鎌倉時代には葛西氏が日和山に『石巻城』を築城した城下町でした。

東京の地名「葛西」の由来でもある、戦国大名・葛西氏源頼朝に仕える御家人として奥州合戦に参戦。平泉の奥州藤原氏を滅ぼすと、そのまま奥州総奉行となり陸奥国を治めることに。その拠点として平泉ではなく石巻・日和山が選ばれ、後に登米の葛西氏と石巻の葛西氏に分家しますが、桃山時代(1590年代)に豊臣秀吉に滅ぼされるまで当地の大名として活躍しました。

石巻駅や日和山から見ると北方に位置する山の中腹にある龍洞院。桃山時代の1575年(天正3年)(※1521年という説も?)、葛西氏15代目・葛西晴胤の叔父にあたる勅賜仏照大円文誉禅師を開山として創建。石巻市指定文化財の「葛西椀」は室町〜桃山時代の作と言われていて、葛西家から贈られ、文誉和尚が使用したものと伝わります。

お寺の境内がいつ頃からこの場にあるか、ということははっきりしないのですが、同じ山麓には(距離は離れているけれど)『吉祥寺』『龍泉院』『長谷寺』といった他の牡鹿三十三ヶ所の寺院も点在し、牡鹿三十三ヶ所自体も江戸時代に成立した巡礼…と推測されている様なので、おそらく当初から〜遅くとも江戸時代にはこの地に伽藍を構えている、はず。

立派な山門をくぐると、目線の先には本堂が。
主庭園は向かって右手側、寺務所の脇に池泉鑑賞式庭園があります。いわゆる心字池を中心として、池中には小ぶりな化燈籠が。北側に元々の地形を活かした大きな築山があり、さまざまな植物の刈り込み、頂上部には石鳥居の姿が。作庭年代は不明ですが、石の雰囲気はかなり古い…。

この池泉庭園ともう一つ、本堂向かって左手側にも池泉庭園の痕跡?があります(池泉のような窪み、窪みの中の自然石、斜面の植栽の刈り込み)。そしてそちらにも化燈籠が大小2つ。主庭の化燈籠ともども作り手の癖を感じます。そしてなんか、建物とお庭の関係が石巻市の国指定文化財庭園『齋藤氏庭園』の感じと似ているなあ…と少し感じる(※豪農屋敷と寺院では当然全く違うし、なんか感覚的なものだけど)。

…そして、この様な「地域の古刹」が、山の中腹の高台部に位置することが、地域の一つの歴史だと感じます。石巻で「古庭園」を訪れたい方は、ぜひ一度訪れてみて。

(2024年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR仙石線・石巻線 石巻駅より3.5km(駅前にレンタサイクルあり)
JR石巻駅より路線バス「石巻商業高校入口」バス停下車 徒歩15分

〒986-0005 宮城県石巻市大瓜棚橋168 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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