樗谿公園“梅鯉庵”庭園・鳥取東照宮Ouchidani Park Japanese Garden, Tottori

鳥取藩主・池田光仲が創建した“大雲院”の庭園をルーツとし、近代の造園家・長岡安平も関わった庭園。国重要文化財“鳥取東照宮”も。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

樗谿公園“梅鯉庵”庭園・鳥取東照宮について

「樗谿公園」(おうちだにこうえん)は建築が国重要文化財となっている鳥取市内の代表的な神社のひとつ『鳥取東照宮』(旧・樗谿神社)の門前に開かれた都市公園。茶室“梅鯉亭”の前に広がる日本庭園は、鳥取藩主・池田家が開いた寺院『大雲院』の庭園の一部とされ、また近代に代表的作庭家のひとり・長岡安平が関わった?とも。

2021年9月、約5年ぶりに鳥取市を訪れた際に初鑑賞。前回の鳥取市で『観音院庭園』『興禅寺庭園』と移動した際にこの公園の前も通過してるはず…なのだけど“庭園”としては見ておらず…。

今回も訪れた段階では「梅鯉亭という現代のお茶席から眺める現代の庭園」という風に思っていたのだけど、今紹介するにあたって調べていたら急に“日本で最初のランドスケープデザイナー”長岡安平の名が浮上して「マジ!?」ってなってる。

まずその歴史について。『鳥取城』も築かれた久松山山系の東麓に鳥取藩主・池田光仲により『因幡東照宮』が築かれたのが江戸時代初期の1650年(慶安3年)。この東照宮は明治時代に『樗谿神社』への改名はあったものの(2011年に『鳥取東照宮』に再度改称)、創建に建築された唐門(随身門)、本殿、拝殿・幣殿が現在まで残りいずれも国指定重要文化財となっています。

東照宮の門前、現在公園となっている場所には同じタイミングで『大雲院』が創建。池田光仲により東照宮の別当寺として開かれた藩主ゆかりの寺院として、明治時代の神仏分離令までは鳥取藩内で最高の寺格を有したとか。当時存在した大庭園は神仏分離~大雲院の移転に伴って大部分が失われましたが、現在公園内に残る池泉庭園はその一部なんだそう。
大雲院が移転された後に明治時代には『鳥取招魂社』が開かれ、大正時代の絵葉書で現在の庭園が既に存在することがわかります。(⇒JAPAN SEARCH/とっとりデジタルコレクション

そしてこの公園(庭園)に長岡安平が関与した――という話は2015年度の「第2回鳥取市景観形成審議会」で中橋文夫副会長が発言されている言葉。
『樗谿公園』が開園したのは1974年(昭和49年)なので年代が違うのだけど、確かに『久松公園(鳥取城跡・仁風閣)』の整備に携わっているからその際に鳥取招魂社一帯の整備にも携わってた――ということなのかな。(憶測混じりだけどその先はプロの方にお任せするとして…。)

休憩所・茶室“梅鯉亭”から見て奥に縦に長い池泉回遊式庭園。江戸時代の絵図で見ると西側に建物・東側に庭園…という視点は現代と同じなので、庭園と共に向かって右手(南側)の山並みの風景というのは当時と同じ。
また“銘石”と名高い鳥取県原産の“佐治石”や巨石が庭園に配されているのも推しポイント。庭園の一角には近代まで鳥取市内で用いられた屋形船も保存されています。

休憩所の名前にもある通り、公園内には梅林もある梅の名所。また初夏にはホタルが飛び交う名所として“鳥取市ホタルの里”の名も。

最後に東照宮の話に戻って――東照宮の唐門(随身門)の前にある弁天池、これも元は江戸時代に鳥取藩の茶事役・により作庭された池泉庭園で、少し高台っぽくなってる場所にある四阿のすぐ隣には大きな滝があったのだそう。後日この山本宗林が作庭した別の庭園を紹介。

(2021年9月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陰本線 鳥取駅より徒歩25分(鳥取駅にレンタサイクルあり)
鳥取駅から100円循環バス「くる梨」利用「樗谿公園やまびこ館前」バス停下車 徒歩5分

〒680-0015 鳥取県鳥取市上町85 MAP