旧大島邸庭園

Former Oshima House's Garden, Karatsu, Saga

近代日本を代表する建築家・辰野金吾、曽禰達蔵の旧友で唐津銀行頭取・大島小太郎の旧邸。明治時代の近代和風建築と、茶道宗徧流のお茶室と庭園。

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旧大島邸庭園について

「旧大島邸」(きゅうおおしまてい)は佐賀県唐津市の中心部に残る明治時代の近代和風建築。近代日本を代表する建築家・辰野金吾の作品として知られる「旧唐津銀行」の創設者/頭取もつとめた実業家・大島小太郎の旧自邸で、庭園や茶道宗徧流ゆかりのお茶室も。
2025年に久々に訪れたのでその際の写真を追加して紹介。

江戸時代には唐津藩の城下町。幕末~近代に掛けては近代日本を代表する建築家・辰野金吾を輩出、多くのレトロな洋風建築も残る町・唐津。その唐津の中で最も文化財的価値が高い建築は、唐津城でもなく辰野金吾の銀行建築でもなく、国指定重要文化財の炭鉱王のお屋敷『旧高取邸』
そんな高取邸から徒歩3分程の距離にあるのがこの『旧大島邸』、こちらも近代に活躍した実業家が明治時代に建てた旧邸——

施主・大島小太郎について。冒頭の通り銀行の設立・経営を始め、JR唐津線の前身となる唐津鉄道の経営など唐津の街の近代化に尽力した人物。先述の高取さんや、佐賀の国指定文化財庭園『九年庵』の施主・伊丹彌太郎の人脈にも現れる人物ですが、学生時代には後の総理大臣・高橋是清に学び、当時の同窓に辰野金吾(東京駅などを手掛けた近代を代表する建築家)や曽禰達蔵(同じく多くの近代建築を手掛けている建築家)が居ました。

このお屋敷が建築されたのは明治時代中期の1893年(明治26年)。元は唐津藩士の家柄の大島家、式台玄関がどこか武家屋敷の様式も感じさせつつ、主座敷まで上がると大正ガラス張りのお部屋が続く、近代和風建築。邸宅内の意匠や長谷川雪塘による襖絵も見どころ。

また最奥に位置するお茶室も障子や床の間の意匠がめちゃくちゃカッコいい…!
江戸時代の有名茶人のひとり・山田宗徧を祖とする茶道宗徧流。宗徧ゆかりの文化財庭園が福井県(『養浩館庭園』)や静岡県(『大福寺庭園』)にありますが、主には譜代大名の小笠原氏に召し抱えられ、後継者も小笠原氏に伴って遠江掛川藩や陸奥棚倉藩、肥前唐津藩へと移り住んだそう。大島小太郎とその父・大島興義も宗徧流の茶人でもありました。

そして現在の旧大島邸は、2011年に一度解体され、約300mほど移動して移築・復元されたもの。2017年から公開開始、初めて訪れた2018年はまだお庭も「新しい」感じがしましたが、今はもうだいぶ馴染んできている…!

この広いお庭も、元のお屋敷から庭石や石造物が移築され、再現されているもの。オリジナルよりは縮小されているかもしれないけれど、十分かなり広い…。飛び石が主体の回遊式庭園で、現在は全面芝生ですが、「茶人好みお庭」といった雰囲気を醸します。あと主座敷から目の前にもうけられた築山に配されたシュッとした立石。この様な滝石組が他の唐津の古いお屋敷にもあって、印象的…。

なお、旧大島邸が移築・公開に至るまでには、一時は完全な解体というプランもあったのだとか。そこから地元の方々による保存要望があり、「移築」への方針転換がありました。そのいきさつは以下を参照。移築前の一部写真も載っていますので、合わせてご覧ください!

旧大島邸の問題について
旧大島邸問題 関連メモ

(2018年10月、2025年3月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR唐津線・筑肥線 唐津駅より徒歩10分強
唐津駅より路線バス「南城内」バス停下車すぐ

〒847-0013 佐賀県唐津市南城内4-23 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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