幾多の文人・歌人が愛した尾道。尾道水道を見下ろす景勝地に残る、志賀直哉とアララギ派リーダー・中村憲吉の旧宅。
尾道文学公園(志賀直哉旧居・中村憲吉旧居)&みはらし亭について
「尾道文学公園」(おのみちぶんがくこうえん)は尾道の古刹・千光寺へと至る坂道の途中にある公園。尾道水道を見下ろす景勝地に居をかまえた文人墨客の旧邸宅のうち、『志賀直哉旧居』と『中村憲吉旧居』が関連施設として残されています。
…が、志賀直哉旧居と『文学記念室』として公開されていた「旧福井家住宅」は利用者減に伴い2020年3月で閉館。本命は旧福井家住宅だったので見られず残念…。現在見られる範囲で紹介。
■志賀直哉旧居
閉館につき内部は見学できなくなりましたが、外観は現在も見学することができます。
志賀直哉が尾道に移り住んだのは1912年(大正元年)11月。まだヒット作を生み出す前の過渡期の住居なので奈良の『志賀直哉旧居』と比べるとコンパクトな長屋ですが、ここで後の代表作“暗夜行路”の構想を練ったとされており邸宅の前にはそれを記念した石碑が残ります。
■中村憲吉旧居
志賀直哉旧居から千光寺新道の坂道を登ること徒歩5分強。“アララギ派”の歌人・中村憲吉の終の棲家となった邸宅が残されています(こちらは公開)。
アララギ派のリーダーとして活躍した中村憲吉。同じくアララギ派の主要人物・島木赤彦の邸宅『柿蔭山房』も諏訪湖を見下ろす景勝地にあったなぁ。
■みはらし亭
文学公園とは別施設になりますが、中村憲吉旧居のすぐ上部にあるのが国登録有形文化財の近代和風建築“みはらし亭”。元は1923年(大正12年)頃に建てられ、現在ではカフェやゲストハウスとして活用されています。
そしてこの場所からは国指定重要文化財の三重塔『天寧寺塔婆』を眼下におさめ、尾道の代表的景観を眺望することができます。
本命だった「旧福井家住宅」は元の所有者に返還されたとのことで…今後別の施設として公開されることになったらまた改めて訪れたい!
(2021年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)