各国国賓も訪れた京都の料亭の、吉田五十八の近代数寄屋建築と“植熊”加藤熊吉による作庭の池泉回遊式庭園。
岡崎つる家庭園について
【2021年4月に休業】
「つる家」は明治時代の1908年に大阪・北浜で創業した料亭。この「岡崎つる家」は昭和3年に京都御所で行われた昭和天皇の即位の大礼に際して、全国の要人・議員の宿泊、食事のために開店した料亭。
現在の建物は昭和39年(1964年)に近代数寄屋建築の巨匠・吉田五十八の設計によるもので、日本庭園の作庭は『建仁寺大雄苑』を手掛けている“植熊”加藤熊吉。
これまで何度か書いてきてるけど、吉田五十八建築が好きです。
で、吉田五十八の作品一覧を見ていたんです。そしたら今住んでる京都市左京区の料亭『岡崎つる家』があって――丸太町通と白川通の交差点のでっかい壁になってる建物、一体なんだろうと思っていたけど、それが『岡崎つる家』だった。マジか、我が家から意外と近い…。
まず軽い気持ちで公式サイトを見てみた。一番安くて『特別昼会席:15,000円』。
カルチャー的なものは色々と好きになる方だけど、食にほとんどこだわりがない。ラーメンとかつやのカツ丼とごつ盛り塩焼きそばがあれば満足。絵に描いたような偏食。和の文化に投資したい!と言いながらも海原雄山を目指すことは200%有り得ない。飲み会を除くと、一食の最高金額はたぶん『ちそう菰野』の4,500円(飲み会は別だけど)。
そんな自分にとってランチ15,000円はちょっと別世界だなと…しばらくは縁がないだろうと思ってたのが12月頃。
この冬、京都では『京都レストランウインタースペシャル2020』なるものをやっている。それをパラパラ見ていたら、岡崎つる家も普段より少し安く12,000円というコースが。
■岡崎つる家 | 京都レストランウインタースペシャル2020
「あそこが吉田五十八建築でいつか行きたいんですよねえ」「とはいえ一食12,000円は厳しいよね」と2月の中頃に同僚と話していた――ら、数日後「予約とったから」とLINEが(笑)は!?何言ってんの!?
でもそんな風に決まっちゃうと、もう行けるワクワクしかなくなるもので。そして京都もこの2月は完全に観光自粛モード。そうしたタイミングでポーン!とお金を使うことにすごく意味があると思った。決して潤沢にお小遣いがあるわけではないけど――お金は天下の回りもの。こういう時こそ使っちゃえ。
というわけで前置きが長くなったけど行ったよー、岡崎つる家。門の「つる家」の文字。直線的な石畳。玄関からワクワクしたけど――廊下の奥、縁のないガラス窓からのお庭の緑と光、ああもう吉田五十八最高。語彙力。
その歴史から和の迎賓館施設としても用いられ続け、いただいたリーフレットに写真が載っているのは、エリザベス女王。チャールズ皇太子とダイアナ妃。ブッシュ大統領(お父さんの方)。更にはカーター、ゴルバチョフ…。ふわーすごい場違いな感じ。上には上があると思うので「高級」と言うと議論が尽きないかもしれませんが、自分にとっては間違いなく人生で一番の高級料亭。
通された広間から広々とお庭を眺められるこの感じは『京都迎賓館』を思い起こさせるし、格式の高さを感じる。
つる家になる以前、元々この場所には野村本家の邸宅があったそう。今回お食事をした広間(新館?)は吉田五十八による設計。庭園越しに見える和風家屋がその野村本家をルーツとする建物なのかな。
広い床の間。複数の縦のラインをつないでいる、実はあまり見たことがないと感じた蛍光灯。東山連峰(大文字山)の借景。池にせり出している建築。そして庭にシームレスに飛び込むかのような窓。僕は建築を(建築も)勉強していたわけではないので専門的なことは何も言えないのですが、吉田五十八建築に抱いているこの感情は“恋”に近いかもしれない――ってなんか書いててきもいけど(笑)、吉田五十八建築の庭との関係が好きとしか言いようがない。
そしてこの池泉回遊式庭園の作庭は“植熊”加藤熊吉。おおお、あの建仁寺方丈庭園の!あの枯山水庭園とは全く違うけれど、庭園も『京都にはまだまだ知らない素晴らしい庭園がある…』と痛感させられるものだった。
お庭の中を通っている“流れ”、水の導入口は2つ。奥の滝は琵琶湖疏水から引かれたもので(ここまで来てるのかー)、もう一方はつる家の隣を流れている白川から引かれたもの。
お食事を終えた後、吉田五十八建築とお庭の関係が好きだというお話をさせていただいていたら、なんと別の部屋からも見せていただいて――そこで感じたのは、ここは“東山の借景”はメインではないかも、ということ。
コの字型の縦の部分に最も大きな靴脱ぎ石(鞍馬石)があって、そこから正面を眺めると石橋と主木っぽいマツがあって、その横に四阿があり、そして手前に大きな伽藍石があり。ここがメインの視点だったんじゃないかなー。(あと感覚的な話なんだけど、近代に京都の庭師が手掛けた山口県の『山水園』、『松田屋ホテル』あたりと同年代って感じがひしひしと)
何よりすごいと思ったのは、あの天王町の交差点の交通量を知っているだけに――車のエンジン音は一切聞こえてこず、とにかく滝の音と流れの音しか入ってこないこと。サウンドスケープ。公式に“市中の山居”という言葉が使われているけれど、なるほどこういう場所に当てはまるんだな…この言葉は。
あとは四阿の近くの船着き場のような場所やいくつかの石灯籠や――気になる点がいっぱい。樹木は落葉樹ではドウダンやモミジが多そうだった。紅葉の時には本当にきれいなんだろうなあ、それは今回のお値段じゃ無理な体験なんだろう(笑)
…食事について全然ふれてないのは、僕にレビューできる知識と経験がないから(笑)食べながら話していたのは――「和食が世界遺産になるのがわかった」という話。味はもちろんだけど――美しい器も盛り付けも、そしておもてなしも、こんなのは人生で初めて。来てみると『これでこのお値段は安い』。絶対また来ます――1年後か3年後か、それとも意外と数カ月後か、わからないけど。一回知っちゃうとまた来たくなっちゃうな…。
「敷居が高いと思われがちな日本庭園を、若い世代にも身近に。」と願いながら伝えたいな、と思いながらも、日本庭園は成金的な趣味――という側面もあると思う。高い金額を払っているからこそ得られる体験。それはそれで必要。
うまく言えないんだけど、若い人には無料でも数百円でも“体験”してもらって、いつかお金を持った時に投資する候補として“日本庭園”という芸術を思い出してもらう。
お金を所持している大人は、“文化を守る”対象として数千円でも数万円でも投資する=その行為がその人の価値になる――そんな風に自分はこれからも庭園を眺めたい。たまにはこんな背伸びをしながら。
【2021年秋追記】そんな由緒ある『岡崎つる家』ですが、2021年4月に新型コロナの影響を受け休業。そして8月には現在の建物を取り壊し、2024年にIHGホテルズ&リゾーツのホテル「リージェント京都」として再オープンすることがリリースされていました。
■IHGホテルズ&リゾーツ、2024年に「リージェント京都」を開業|IHGホテルズ&リゾーツ/IHG・ANA・ホテルズグループジャパンのプレスリリース
リリースの中に加藤熊吉、吉田五十八の名前が出ているので、何らかの形で現状の姿が生かされる可能性もあるけど…一体どのように形を変えるのだろう。全て更地になってしまったら寂しいけど…。
(2020年2月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)