小川氏庭園“環翠園”

Ogawa Residence Garden "Kansuien", Kurayoshi, Tottori

2021年秋に公開開始の新たな近代の名庭園!京都の茶道藪内流家元との縁深い神戸の庭師・巽武之助の作庭。国登録名勝/鳥取県指定名勝。

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小川氏庭園“環翠園”について

【要事前予約】
「小川氏庭園“環翠園”」(おがわしていえん・かんすいえん)は国の重要伝統的建造物群保存地区・倉吉の“白壁土蔵群”の町並みの西端に位置する国登録名勝(国登録記念物 名勝地関係)及び鳥取県指定名勝の文化財庭園。これまで非公開でしたが、2021年11月より予約制で公開が開始されました!新たに世に出た名庭園。

2022年春に約6年ぶりに倉吉へ。先に三朝温泉の庭園を紹介したけれど、一番の目的はこの庭園でした。
前回倉吉を訪れた頃はキッパリと“非公開”だった小川氏庭園。2020年に倉吉市および関連各社が『小川家住宅を活用した観光まちづくり』に関するリリースが出て、宿泊施設になる(宿泊者のみ公開になる?)のかなと思っていたのですが、宿泊施設に先駆けて庭園の公開が開始!

江戸時代よりこの地で“中江屋”(中恵屋)の屋号で酒造業、綿商売で財を成した小川家。四代目当主・小川貞四郎の代には銘酒“久米川”を発売、一方の綿商売も明治時代半ばに小川製糸場を設立すると鳥取県有数の生産額をほこるまでに。

より一層事業を拡大したのが六代目・小川貞一。製糸業、銘酒“打吹正宗”に改めた酒造業に加え、倉吉醤油(現・ヒシクラ株式会社)を創業、地元の銀行や電力会社の取締役、政治家として鳥取県会議員や貴族院議員を歴任。現・倉吉西高校や鳥取大学農学部(旧鳥取高等農林学校)の設立にも尽力。鳥取県多額納税者にもなりました。
この明治〜大正時代に建てられた「小川酒造」の主屋、槽場、道具蔵、二階蔵、三階蔵、旧仕込蔵、ビン詰場の7棟が国登録有形文化財。

そんな近代の倉吉の代表的な実業家・小川貞一が大正時代〜昭和初期にかけて造営した別邸庭園が“環翠園”
大名茶人・松平不昧が設計した国指定名勝『菅田庵』(有澤山荘)の『向月亭』(国重要文化財)を写したという茶亭“南山荘”(茶室“楽水庵”“幽篁亭”)を庭園の中心的存在として、腰掛待合、月見のための草庵風の茶室“洗心亭”(現存せず)等の数寄屋建築が配された東西約32m/南北約40mの規模の池泉回遊式庭園で、近代にはたびたび茶会の舞台となったそう。

そんな南山荘をアイキャッチに、打吹山を借景としたスケール感も素晴らしいのだけど、この庭園は足元に要注目。
庭門をくぐるところから足元の延段(敷石)がすごく良くって…。入ってすぐ右手にある正円を描いた敷石も。そして前述の現存しない“洗心亭”の周囲の園路がすごく良くて…特に園路の隙間に絶妙に水の流れを通してる(一見“水漏れしてる”みたいな)デザインは初見だな。絶妙。

作庭を手掛けたのは神戸の庭師・巽武之助。今回初めて挙げる名前で、幾つか紹介してる阪神間の近代日本庭園でも名前は挙がったことがなかった(関わってる可能性はあるけど)。『庭 NIWA』の近代庭師特集に環翠園を運営する小川記念館財団館長・根鈴智津子さんが寄稿された紹介文を読むと、京都での庭園作庭にも携わり(確かに真黒石とか鞍馬石とか“近代京都っぽさ”を感じる)、中でも茶道藪内流11世家元・藪内輝翁とのパイプも太く“環翠園”の茶室の額などは輝翁の筆。

…“藪内輝翁”の表記がピンと来なかったけど、藪内流11世:藪内透月斎竹窓その人。なぜ環翠園を一目で見て好きだと思ったか考えると、藪内透月斎が作庭の大好きな京都・南禅寺界隈の『大寧軒庭園』と雰囲気が似ているからか〜!借景も素晴らしい池泉回遊式庭園なんだけど、主役は池ではなく“茶庭”という趣き。巽武之助、大寧軒の庭園にも関わっていたのかもなあ…。大寧軒の茶室の名は“環翠庵”だし。

さらに、茶亭“南山荘”が“向月亭”の写しというのにあわせて、建物前には『菅田庵』の庭園をオマージュした茶砂や直線的な延段が。そのオマージュとオリジナルの池の流れが超良い。音楽でもあるじゃないですか、「このサンプリングがかっこいい、あの曲を元ネタにするところがセンス良い!」みたいなやつ。その感じ。(順番的に、『菅田庵』や『三関三露』を先に見ておいた方が「おぉぉ…」と思うかも)

園内にはさまざまなデザインの約30基の石像物が配されています(あまり見たことがない珍しいものも)。小川貞一は茶の湯は日本画家・岡島陽城から学び、南山荘には鳥取出身で関西で活躍したアーティスト・菅楯彦が一時滞在、その際に谷崎潤一郎の『細雪』の装丁の絵を描かれました。その他にもバーナード・リーチも訪れるなど、県内外の文化人が数多く訪れた環翠園。

先代の“小川家の歴史や庭園を後世に伝え、地域の振興に役立てたい”という思いからこの庭園を維持・運営する一般財団法人を設立したのがつい最近の2015年。その直後に襲ったのが鳥取県中部地震。そこからまた5年間の修復期間という苦節を経ながら公開に至った関係者の方々には感謝という言葉以外にありません。(いち鑑賞者でしかないけど)

そんな風に様々な方が心を砕いて修復・公開に至った貴重な近代日本庭園も、『庭園が詳しい人』はご案内の方に「電線がイマイチ」とか言ってしまうらしいので、すっげえ難しいよなあ…と思う。“マニアがカルチャーを潰す”論。(そこに「小川貞一はいち早く近代に設立された電力会社の経営陣でもあった」というストーリーもあるのだ)

「1人500円の庭園公開」だけで施設の維持管理費をまかなうのは不可能な中で、宿泊施設として活用するスキームも上手くいって欲しいなあ…と願うばかり。なお名勝庭園としては、主屋の“前庭”や“中庭”も指定範囲なのだそうですが、この庭園公開では見ることができません。宿泊したら見られるのかな。ぜひ鳥取旅行の宿泊地点としても検討してみて!

(2022年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR山陰本線 倉吉駅より5km(駅にレンタサイクルあり)
倉吉駅より路線バス「河原町」「鍛冶町一丁目」バス停下車 徒歩4分

〒682-0924 鳥取県倉吉市河原町3030-12 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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