無鄰菴(雪)

Murinan Garden (Snow), Kyoto

明治維新の代表的政治家の一人・山縣有朋が名作庭家・七代目小川治兵衛と作り上げた“近代日本庭園の傑作”の雪景色。国指定文化財の、借景の代名詞的庭園!

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無鄰菴(無鄰庵)庭園について

「無鄰菴」(むりんあん)は京都市・岡崎〜南禅寺エリアにある国指定文化財(国指定名勝)の庭園/お屋敷。総理大臣を二度務めた近代の有名政治家・山縣有朋が明治時代に建立した別荘で、その庭園は近代京都を代表する庭師・七代目小川治兵衛(植治)が作庭した初期の傑作と評価されます。

“近代日本庭園の最高傑作”との声も多い無鄰菴。何度も訪れていますが、2026年の雪の日に訪れたのでその写真を紹介!
>> 四季の無鄰菴の様子はこちら。

その歴史について。この「無鄰菴」は1894年〜96年(明治27〜29年)の造営。
実は、「無鄰菴」はこれが初代ではなく。初代無鄰菴は山縣有朋も所属した“奇兵隊のふるさと”山口県下関市の吉田にある高杉晋作の菩提寺『東行庵』にあり、“第二無鄰菴”は同じ京都市内で『がんこ高瀬川二条苑』として公開中、そしてこの無鄰菴は“第三無鄰菴”とも呼ばれます。初代無鄰菴は“隣に家がなかった”という名の通りの自然に近いロケーション…三代に渡ってこの名を用いたということはよっぽど山縣はこの名前を気に入っていたのでしょう。

二度の内閣総理大臣をはじめ各種大臣/陸軍大将を務め、元帥/元勲/元老として近代の日本の政治に大きな影響力をほこった山縣有朋。日本史にも登場する政治家/軍人だった氏ですが、庭造りをガチの趣味(?)としていて、この第一〜第三の無鄰菴以外にも東京の『ホテル椿山荘庭園』、小田原の『古稀庵庭園』“山縣三名園”と並べ称されるなど各地に邸宅・庭園を残しています。すぐ手放したという“第二無鄰菴”以外は全て山や台地が近い/斜面を活かしたロケーション。

この無鄰菴庭園の特徴として挙げられるのは、『東山の借景』『早々に庭園に芝生が取り入れられたこと』、そして『琵琶湖疏水からの“流れ”』。そしてこれらを、今では名作庭家として知られる七代目小川治兵衛(植治)が主導したのではなく、まだ35歳と若かった植治に対して山縣有朋本人が細かく指示を出してこだわって造られた――という点。現代では当たり前の芝生の空間も、その時代の京都では「京都の人間ではないヨソモノの山縣有朋がそれまでの型を破った(よく言えば欧州視察などを経て最先端の)形式」。植治もこの庭園をきっかけにブレイクしたと言われます。

なお和風の主屋や洋館も明治時代に建てられたもので、洋館の2階には江戸時代初期の狩野派による金碧花鳥図障壁画に囲まれた部屋があり、そこでかつて山縣有朋、伊藤博文、桂太郎、小村寿太郎により日露戦争へ向けた“無鄰菴会議”が行われました。

無鄰菴は昭和年代に山縣家から京都市に寄贈され、現在は京都市所有の施設として一般公開されています。現地では『南禅寺』界隈の庭園を数多く管理されている植彌加藤造園さんのスタッフによる庭園の解説がお聞きできたり、毎月28日には35歳以下は入場無料(!)という試みも。イベント情報は公式サイトよりチェック!

(直近で2026年2月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

京都市営地下鉄東西線 蹴上駅より徒歩6分/東山駅より徒歩10分
最寄バス停は「南禅寺・疏水記念館・動物園東門前」バス停 徒歩3分

〒606-8437 京都府京都市左京区南禅寺草川町31 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は2,000以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
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