
“日本最古のレコード会社”の礎を作った貿易商:F.W.ホーンが明治時代に造営した石造りの近代別荘建築。日光の寺坊の面影を残す庭園“日光不動苑”も◎!
レストラン明治の館庭園・日光不動苑について
「西洋料理 明治の館」(せいようりょうり めいじのやかた)は国登録有形文化財の洋館を活用したレストラン。ジョサイア・コンドルの手掛けた国指定重要文化財の洋館『六華苑』で知られる実業家・諸戸清六の日光別荘がそのルーツで、同敷地内にある『カフェレストラン ふじもと』と共に「レストラン明治の館(旧ホーン家住宅)」として国登録有形文化財。また一帯は『日光不動苑』と呼ばれ、四季の草花の楽しめる庭園となっています。
世界遺産『日光の社寺』のエリアの程近く、日光東照宮や『輪王寺』の大駐車場の一角にたたずむ洋館。社寺とはまた異なる歴史、明治時代に建てられた近代別荘建築で、参拝客/観光客に人気を博しています。
その歴史について。輪王寺本堂の北東にあたるこの場所は江戸時代には輪王寺の子院『藤本院』、『堯心坊』等が立ち並んでいた場所でした(参考:早稲田大学図書館『日光御山之絵図』)。廃仏毀釈の被害が少なかったと言われる日光ですが、一部の寺坊は廃寺に。
その跡地に明治時代後期に造営されたのが現「明治の館」。この洋館/別荘の施主はアメリカ人貿易商・Frederick Whitney Horn(フレデリック・ホイットニー・ホーン)。明治時代に来日すると日本で初めて蓄音機、レコードを輸入し紹介。1910年(明治43年)に国産の蓄音機を製造・販売する「日本蓄音器商会」(日蓄)を設立。現在は日本最古のレコード会社「日本コロムビア」として知られます。日本の近代音楽産業のパイオニア(メーカーではなく)/草分け的存在。
大正時代には先述の実業家・諸戸清六が日光別荘として取得、昭和の戦時中には外務大臣・重光葵の疎開先としてこの別荘が利用されました。1977年(昭和52年)にレストランとして開業、食堂として活用中の主屋と別館「游晏山房」(旧ホーン家住宅別棟)、そして少し離れた「カフェレストラン ふじもと」(旧ホーン家住宅ガレージ棟)の3棟が国登録有形文化財。
中でも主屋はホーンの意向を汲んだアメリカ風の別荘を、日光石の石造りで作り上げた唯一無二の外観!内部の洋風意匠も当時のモダンスタイルを伝えます。
で。建築と比べて庭園に関する解説や資料はほぼ無いのですが、一帯は「日光不動苑」と呼ばれる庭園となっています。主屋の前には春には一面に白いニワゼキショウが咲く芝生の洋庭。
主屋の脇の園路を進んでいくと、徐々に洋のお庭から日本庭園風な景観になっていく(その途中には台湾の元総裁・李登輝氏による植樹も)。
突き当たった所には心字池を中心に立派な滝石組を持つ池泉庭園が。庭石が苔むした姿が歴史を感じる――ホーンさんや諸戸さんの過ごした近代の日本庭園ではなく、それ以前の寺坊だった江戸時代以前に作庭されたものが残されているように感じる。
その池泉庭園の傍らにある階段を登った先には、精進料理店『堯心亭』があります(※2024年現在休業中)。藤本坊の名前を受け継ぐ「ふじもと」に対して、こちらは堯心坊の名前を受け継ぐ。こちらは文化財にはなっていませんが、おそらくこちらも諸戸家の和館として利用されていた近代和風建築なんじゃないかな…?堯心亭の前には苔むした茶庭/露地風のお庭が広がります。
諸戸清六の本邸『六華苑』がそうであるように、格式ある実業家のお屋敷には洋館・和館と和洋のお庭が揃えられた時代――このお庭もその痕跡が感じられるお庭。人気のレストランのお食事の後はぜひ庭園も散策してみて。
(2024年5月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)
アクセス・住所 / Locations
東武日光線 東武日光駅より徒歩25分
JR日光線 日光駅より徒歩30分
JR日光駅/東武日光駅より路線バス「神橋」バス停下車 徒歩9分
〒321-1431 栃木県日光市山内2339-1 MAP
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