松山城二之丸史跡庭園Matsuyama Castle Ninomaru Garden, Matsuyama, Ehime

“現存12天守”の江戸時代の城郭に作庭された現代の池泉回遊式庭園。“恋人の聖地”にも認定。国指定史跡。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

松山城二之丸史跡庭園について

「松山城」(まつやまじょう)は“現存12天守”に数えられる江戸時代の城郭。天守・櫓・塀・門など21棟が国指定重要文化財で、その一帯が「松山城跡」として国指定史跡。二の丸に現代に作庭された『松山城 二之丸史跡庭園』(まつやまじょう・にのまるしせきていえん)があります。、日本の歴史公園100選にも選出。勝山に築かれたことから“勝山城”とも。

2022年年始にいくつか愛媛県の庭園を巡ったのでそれを紹介。松山を訪れたのは約半年ぶりだったのでそこまで久々では無かったけど、前回は大雨で殆ど出歩けず…。今回も松山ではここしか立ち寄っていないけど、8年ぶりに松山城二之丸史跡庭園を訪れました。

羽柴秀吉に仕え、関ヶ原の戦いでは徳川家康側につき伊予松山藩の初代藩主となった加藤嘉明によって築城された松山城。完成を前に加藤嘉明は会津藩に移ることになり、蒲生氏郷の流れを汲む蒲生家を挟んで、明治維新を迎えるまで16代約230年松山を治めることになる久松松平家により竣工を迎えました。(なんだけど、松山城のマスコットは加藤嘉明がモチーフ)

現在残る天守は幕末の安政年間に竣工した“江戸時代最後の天守建築”。昭和年代には一部の建造物が戦災や放火により失われましたがそれぞれ復元が進められ、21の国重要文化財の他にも復元された建造物は登録有形文化財になっています。

勝山の中腹、かつて二の丸には藩主が居住した表御殿・奥御殿や庭園がありましたが、明治維新の廃城令の後は消失しやがて陸軍の駐屯地に。発掘や整備がはじまったのは1984年(昭和59年)と比較的最近のこと。現在露出している“大井戸遺構”もその際に発掘されたもの。

『二之丸史跡庭園』には大きく分けて2つの庭園があります。まずは整形された現代的な池泉庭園。これは藩主御殿“二之丸邸”の間取りの中で水が流れる“奥御殿跡流水園”と柑橘類の栽培が盛んな愛媛にちなんだ“柑橘・草花園”

そして山裾を活かした滝石組や流れも見られる伝統的な日本庭園らしい池泉回遊式庭園“林泉庭”。この林泉庭の上段には茶室“勝山亭”、流れの先には“観恒亭”とその露地庭もあり、“勝山亭”やもう一つの茶室“聚楽亭”は利用者が居ない時には腰掛ながら庭園を眺めることも。

またこの史跡庭園はそのロケーションと市民の前撮りで活発に利用されていることから“恋人の聖地”にも認定されています。松山城の登山するのは大変だな…という方も気軽に庭園に訪れてみて。

(2014年5月、2022年1月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

伊予鉄道市内線「県庁前」電停下車 徒歩5分
JR予讃線 松山駅より徒歩20分
伊予鉄道 松山市駅より徒歩13分

〒790-0001 愛媛県松山市一番町4丁目1-5 MAP