阪神間モダニズムの走り。朝日新聞創業者・村上龍平の邸宅だった国指定重要文化財の建築群と茶人・藪内節庵作庭の露地庭。
香雪美術館庭園について
【庭園は通常非公開/春秋に特別公開あり】
「香雪美術館」(こうせつびじゅつかん)は朝日新聞社の創業者・村山龍平がコレクションした美術品を収蔵/公開する美術館。かつての村山の邸宅の一角に開かれ、その敷地内に点在する旧邸は「旧村山家住宅」として国指定重要文化財。そのうち洋館を建築家・河合幾次、書院棟は藤井厚二、茶室と露地を茶人・藪内節庵が手がけています。
それらの外観を巡る“庭園見学会”が春と秋に事前申込制で実施。2021年4月に初めて訪れました!(実は2年前の秋にも当選してたんだけど、寝坊で参加できなかった大失態…結果的には今回は少人数の中で見られたので良かったのかな…)
*庭園や建物の撮影は係の方が「今ここでは撮って大丈夫です」という場所でのみ可。建物内部の見学はありません。
伊勢神宮からもほど近い田丸藩の城下町で生まれ、田丸城にも勤務した村山龍平。若年期に大阪に移住、のちに1879年(明治12年)に大阪朝日新聞を創刊。新聞社の社長のほかにも夏の甲子園の創設に携わったり、衆議院議員や大阪市・大阪府議会の議員もつとめました。
そんな村山がこの地に邸宅をかまえたのは1900年(明治33年)。近代に財界・政治家が六甲山麓に邸宅・別荘をかまえる“阪神間モダニズム”では最初期の造営で、現在の阪急御影駅〜JR住吉駅付近には住友財閥・住友吉左衛門(住友春翠)や日立の創業者・久原房之助も明治時代に進出。なお香雪美術館から10分ほど坂を登った先にある『旧乾邸』や『白鶴美術館』はそのちょっとあと、昭和初期。
村山邸で最も古いのは1909年(明治42年)竣工のハーフ・ティンバー風の装飾が見られる洋館。設計を担当した河合幾次は東京帝国大学の建築学科で伊東忠太と同期。そこから明治後期〜大正時代に建てられた美術蔵、衣装蔵、玄関棟、茶室棟、書院棟の計6棟が国指定重要文化財…なんですが、ここでは庭目線での感想を。
洋館・玄関棟の先にある編笠門から庭園へ。もし、近代の実業家の広大な庭園=大きな池泉回遊式庭園を期待すると、期待外れかもしれないんだけどーー御影の高級住宅街にこんな広大な森のような空間が残っていることに驚いた。その“森”を抜けると茶室棟玄関、そして苔むした露地庭が現れる。その“森”は茶室に至るまでの演出!
その露地庭の先にあるのが茶室『玄庵』。茶道藪内流の茶室『燕庵』の写しで、村山龍平がお茶を学んだ薮内節庵の指導による建築・庭園。
薮内節庵が手掛けた庭園としては京都の『旧三井邸下鴨別邸』の庭園がありますが、朝日新聞社の歴史をWikiで遡っていたら、《最初期は三井財閥の御用新聞だった》的なことが書かれている。へー。三井家・薮内節庵・村山龍平の繋がりがそこで見えてくる。
庭園の順路の最後が、近代住宅建築の傑作『聴竹居』の作者・藤井厚二の手掛けた木造三階建建築“書院棟”。なお藤井厚二は大阪朝日新聞の社屋(現存せず)なども手掛けている。
この書院棟は京都で“京の三名閣”に挙げられる国宝『西本願寺・飛雲閣』をオマージュしたと言われる、左右非対称の楼閣。「飛雲閣に影響を受けたって文献があるわけじゃないんですけどね」と案内の方は言っておられたけど、3階の望楼の内部に三十六歌仙?の欄間絵があるようなので完全に飛雲閣。なお、斜面を活かして地下階もあるので計4階建で(伊勢の『麻吉旅館』を思い出した)、1階部分は崖造りのようになってる。
庭園見学では建物の内部に入ることはできないけど、秋に行われる“玄庵茶会”では茶室棟や書院棟を利用して行われるとか。いいいいつか参加したい…!書院棟の前の苔の広場もその時には点心席になるとか。
なお阪神大震災がきっかけで水が枯れてしまった池とかもあるらしいので、本来はもっと整った庭園だったのかもしれないけど。でもこれはこれで素晴らしいし、そう思わせるのは森の外の御影の住宅街との対比なんだろうな〜。御影石を敷き詰めた高級感あふれる外壁からは想像できない森の空間。
庭園も実際はもう少し広かったらしく、阪急神戸線の開通の際に一部を譲られたと。阪急神戸線の御影駅の前のカーブは、直線にできるほどは敷地を譲ってもらえなかったため。阪急創業者・小林一三翁もまた茶人だった。
あと村山龍平はそんなガチな茶人ではなかった、とも。この時代、実業家/資産家が同じ地域に居をかまえること・そして茶会を開くこと。これは政治の話、ビジネスの話をするためのクローズドな場だった––みたいな話をどこかでお聞きして、なるほどなーと。思えば織田信長や豊臣秀吉も“茶の湯”を自分のブランディングに利用した人たちだった。
なお村山の雅号“香雪”を冠した香雪美術館が開館したのは1973年(昭和48年)。重要文化財を19点・重要美術品を33点所蔵し、近年2018年には大阪・中之島に『中之島香雪美術館』が開館。そしてそちらには洋館の居間の再現や茶室『玄庵』の写しがあります!続けてそちらを紹介。
(2021年4月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)