永保寺庭園

Kokeizan Eihoji Temple Garden, Tajimi, Gifu

京都や鎌倉で世界遺産/庭の国宝庭園を数多く残した中世の代表的禅僧・夢窓疎石。氏が残した国宝建築“観音堂”と水鏡に写す名庭園。国指定名勝。

庭園フォトギャラリーGarden Photo Gallery

虎渓山 永保寺庭園について

「虎渓山 永保寺」(こけいざん えいほうじ)は岐阜県多治見市にある寺院。鎌倉時代/南北朝時代より残る観音堂・開山堂が国宝。また京都の『天龍寺』『西芳寺』の庭園も手がけた鎌倉〜室町時代を代表する禅僧・夢窓疎石(夢窓国師)の作庭と伝わる庭園も国指定文化財()。前述の2つの庭園にも劣らない、建築と自然との調和が美しい庭園を鑑賞することができます。

2023年夏に久しぶりに訪れたのでその際の写真を交えて紹介。

その歴史について。伊勢国に生まれ甲斐国で育ち、京都、鎌倉、甲斐国で修行を重ねた夢窓疎石。そんな疎石が鎌倉修行時に親交のあった御家人で美濃国の武将・土岐頼貞の招きを受け、1313年(正和2年)39歳の時に多治見を訪れ発見したのが土岐川の渓流沿いのこの地。その景色が中国の廬山/虎渓に似ているという理由から“虎渓山”(古渓)の山号が名付けられ古庵という庵を結び、翌年に今日まで残る国宝「観音堂」が建立されました。

境内中央にある池泉「臥龍池」、その中央で岩壁の脇に位置するのが「観音堂」(水月場/観音閣)。鎌倉『円覚寺』の舎利殿と並ぶ鎌倉時代の代表的な唐様建築として国宝に指定されています。
また同じく国宝に指定されている「開山堂」(僊壺堂)は観音堂からおよそ40年後の1352年、南北朝時代(室町時代初期)の建築。夢窓疎石が亡くなった翌年に将軍・足利尊氏により建立され、その内部では夢窓疎石と開山・元翁本元(仏徳禅師)の座像が祀られています。この先の非公開エリアに疎石は庵を結んでいたとか。

永保寺庭園について。臥龍池と“梵音の滝”が流れ落ちる崖の自然の景色を主体として、その中央部には観音堂へと結ぶ“無際橋”が架けられた池泉回遊式庭園。
夢窓疎石は京都でも鎌倉でも池泉を主体とした庭園を残していますが、「国宝の建築とセットになっている庭園」、また平安時代〜鎌倉時代に流行した「庭園の面影を強く残す庭園」という点で他の庭園とはまた異なる“随一”の価値ある庭園(これだけ立派な反り橋があり、渡れる夢窓疎石の庭園はここだけ!)。また京都の庭園が熟年期の作庭とするならば、この庭園は「夢窓疎石の世界観が築かれる過程の名作」と言ったところ…。

時には国宝・観音堂や橋をリフレクションする池の周辺からの景観も素晴らしいのですが、当時の夢窓疎石のビューポイント、座禅を組んだ“座禅石”は岩壁の上。座禅石のあった場所には門が閉じていて行くことが(現在は)できませんが、庭園を上部から見下ろすビューポイントもあります。

池の周囲にはモミジの木が多く植わっており、永保寺の紅葉は“飛騨美濃紅葉33選”に選定。また池の脇、本堂の前には樹齢700年の大イチョウの木もあります(多治見市に指定)。また周囲にある塔頭寺院『保寿寺』、『徳林院』、『続芳院』もそれぞれ立派な前庭と伽藍をほこっておられるので、庭園を堪能した後はぜひその一帯を散策してみて。

(2013年8月、2016年9月、2023年8月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

JR中央本線 多治見駅より徒歩30分
多治見駅より路線バス「虎渓山口」下車徒歩5分(1時間半に1本程度)

〒507-0014 岐阜県多治見市虎渓山町1丁目40 MAP

投稿者プロフィール

イトウマサトシ
イトウマサトシ
Instagram約9万フォロワーの日本庭園メディア『おにわさん』中の人。これまで足を運んで紹介した庭園の数は1,900以上。執筆・お仕事のご依頼も受け付けています!ご連絡はSNSのDMよりお願いいたします。
PICK UP / COLUMN
最新の庭園情報は約10万人がフォローする
【おにわさん】のSNSから。