金福寺庭園Konpuku-ji Temple Garden, Kyoto

松尾芭蕉が滞在しのちに与謝蕪村が再興した茅葺の“芭蕉庵”と、七代目小川治兵衛が作庭した枯山水庭園。

庭園ギャラリーGarden Photo Gallery

金福寺庭園について

「佛日山 金福寺」(こんぷくじ)は松尾芭蕉が滞在した草庵“芭蕉庵”や、7代目小川治兵衛の手掛けた枯山水庭園の見られる寺院。江戸時代中期には松尾芭蕉を慕う与謝蕪村とその一門により再興され、蕪村の作品なども展示されています。『詩仙堂』から徒歩5分ほど。

2020年5月に約2年ぶりに拝観。その際は“芭蕉庵”は修復工事中でしたが、10月に再訪した時には修復が終わったばかりの茅葺がきれいな芭蕉庵を見ることができました。修復中もシート越しに骨組みに近い状態が見られてこれはこれで貴重だなと思った。京都のみならず、日本各地で職人が古建築を守っている。

金福寺の創建は平安時代の864年。慈覚大師円仁を遺志を継いだ安恵僧都により創建。当時は天台宗の寺院でしたが、江戸時代中期の元禄年間に『圓光寺』の鉄舟和尚に再興されて以降は臨済宗南禅寺派。

その当時、鉄舟和尚と親しかった松尾芭蕉が茅葺の草庵を訪問し、それを機に“芭蕉庵”と呼ばれることになったとか。芭蕉はこの地で以下の歌を詠みました。

うき我を 淋しがらせよ かんこ鳥

草庵はその後一時荒廃したそうですが、後の1776年(安永5年)に与謝蕪村とその一門により再興。蕪村の墓や芭蕉庵のある丘陵からの京都の街並みや北山方面の山並みは絶景!

本堂からは築山一面にサツキの植わった白砂の枯山水庭園が眺められます。ここもサツキの季節に訪れたかった場所。“芭蕉庵”のみならず庭園も近年修復されたのか、全体的にサツキが小ぶりにになっている点と、斜面の石灯籠のそばにあった中高木が一つなくなっていました。

あと作庭者について。これまで江戸時代初期の(その元禄年間再興時の)作庭だと思っていたんですが、鈴木博之『庭師小川治兵衛とその時代』など2つの文献で、七代目小川治兵衛が1932年(昭和7年)に手掛けたとあり。元の庭園をこの年代に改修・修復をしたということかな…。

秋に再訪した時にご住職も七代目小川治兵衛の庭園だと明言されておりました。その白砂の枯山水は『南禅寺』派の庭園の特徴なのかもしれないけど、その園路・延段は植治らしさが現れているかと思います。足元にも注目したい庭園。

(2014年12月、2018年3月、2020年5月・10月訪問。以下の情報は訪問時の情報です。最新の情報は各種公式サイトをご確認ください。)

アクセス・住所 / Locations

叡山電鉄 一乗寺駅より徒歩12分
最寄りバス停は「一乗寺下り松町」バス停下車 徒歩5分

〒606-8157 京都府京都市左京区一乗寺才形町20 MAP

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